取材・文/坂口鈴香

3月までNHKで放送されていた朝の連続テレビ小説「舞いあがれ!」の舞台のひとつが、長崎県にある五島列島だ。五島列島の架空の島「知嘉島」で一人暮らしをしていた主人公の祖母“ばんば”は、脳卒中で倒れたあと、医師に「もう一人暮らしは難しい」と言われ、娘家族のいる大阪で暮らすことになった。本当に“ばんば”はこれまでとまったく環境の違う大阪に行かねばならなかったのか。他に方法はなかったのだろうか。シスターで、修道会が運営する離島の高齢者施設で働く鶴田康代さん(仮名・60)に、離島の介護事情を聞いた。

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一次離島でも介護事業所の運営は厳しい

鶴田さんが働く施設があるのは、“一次離島”と呼ばれる、本土と直接つながる交通手段を持つ島だ。一方、本土と直接の交通手段がなく、近隣の島から渡るしかない島は“二次離島”と呼ばれており、“ばんば”が暮らしていた「知嘉島」は二次離島に当たる。

鶴田さんは、一次離島であっても、介護事業所の運営は厳しいと指摘する。

「本当に、日本中で人手不足の影響が出ていますね。離島ではなおさらのことで、介護事業所も苦労しています。外国人の介護職員を積極的に雇用するところも増えています。一方、人がいなくて事業を縮小せざるを得ない場合もあります。実際、うちも昨年度ヘルパー事業をやめました。ヘルパーさんが定年で辞めた後、新しく雇用することができなかったからです。ケアマネさんに聞いたところ、ヘルパー不足で影響を受けるのは、特に要支援レベルの利用者で、在宅生活を続けるために必要なサービスが受けられない状況が出てくるとのことでした」

医療介護体制や生活環境については、一次離島の中でも格差があると鶴田さんは言う。鶴田さんの施設があるのは一次離島の端っこで、病院受診や買い物には車で30分かけて島の中心部に行かなければならない。

「診療所や食料品を売っている店はありますが、ニーズにこたえるには十分ではありません。それでも車があればいいですが、運転できないとなれば、バスでというのはとても不便です。島の中でも便利なところに移り住む流れはどうしようもない感じがします」

“ばんば”は、ドラマということもあるのか、マヒしているのは左手だし、ゆっくりだが歩行もできる。コミュニケーションも取れているので、生活に大きな支障をきたす後遺症が残ったわけではないように見える。二次離島である知嘉島での一人暮らしは難しくても、福江島の中心部に住み替えれば、デイサービスやヘルパーを利用しながらこれまでのような暮らしを続けることは可能だったのではないか。特に高齢者にとって、使い慣れた方言で会話できるか否かは大きな違いだ。福江島なら生活環境も言葉も大きく変わることなく、親戚や友人たちとの交流も続けながら暮らせたはずだ。娘家族以外知り合いもいない大阪まで行く必要はなかったと私は思う。

“ばんば”の一人娘であるめぐみも、社長業を引退するのはいわば「介護離職」だ。もし“ばんば”が五島列島で暮らし続けることができれば、大阪五島間の遠距離介護の負担は大きくなるだろうが、それでも仕事を続けることはできたと思われる。

老いたとき、生きがいをどこに見出すか

「舞いあがれ!」では、コロナ禍を経た近未来である2027年、“ばんば”はようやくめぐみとふるさと五島に戻ることができた。大阪には10年近くいたというところだろうか。その間ふるさとに「戻りたい」と切望し、郷愁にかられ苦悩する姿も描かれた。

舞の夫が営む古本屋での店番など、新たな生きがいを見出すシーンもあるにはあったが、ふるさとで暮らしたいという思いには勝てなかったように思う。

鶴田さんはこう言う。

「ドラマで、ばんばは大阪に行った当初は自分は何もできないと思い、生きがいをなくしてしまったようでしたが、だんだんとできること、居場所を見つけたようで良かったです。年をとるというのは、ある意味色々なことを少しずつ、時には一度に失うことですよね。私自身で言えば、老眼が進んで縫い物ができなくなったり、声がかすれてソプラノが出なくなったり……。もっともっと本質的なことでできないことが増えたとき、それを穏やかに受け入れていくことができるかなぁ。どうでしょう?

月に2回、私たちが『ミニデイ』に通うことになる二次離島は、フェリーで10分、今は人口100人に満たない島ですが、絶好の釣り場があるため釣り客は多いです。ここの教会の信者さんで、キビナゴ漁をしている方がいました。足腰が痛いと言いながら80歳を過ぎても夫婦で漁に出て、獲れたキビナゴを一夜干しに加工するなど頑張っていましたが、1年ほど前、漁をやめ、船も手放してしまいました。その方は今教会には何とか来ておられますが、以前からするとすっかり元気がなくなったと感じます。家にいてもすることがない、できることがあるのかもしれないけれど、それを見つける気力が失われている? ミニデイは月2回だけですが、家にこもっている高齢者に、せめて少しでも他の方たちと交流する場を提供できればいいなと思います」

五島に戻った“ばんば”とめぐみのその後は?

それでもまだふるさとで暮らし続けることのできる人は幸せなのかもしれない。遠く離れた子どものもとに行き、慣れない環境で心身ともに弱ってしまった高齢者は少なくない。

幸いなことに、2027年、ふるさと五島に戻る“ばんば”は、車いすは使っていたが、認知症にもなっていなかった。だが、「間に合った」と手放しでは喜べなかった。このとき、“ばんば”が何歳になっていたのかは不明だが、かなり高齢だったはずだ。大阪にいる間に、再度脳卒中を起こしていたら、身体状況はさらに深刻になっていた可能性は高い。意思の疎通が取れなくなっているかもしれない。長くふるさとに帰れず、生きる気力を失えば、もう島に戻るのはかなわなかっただろう。

すでにシニアになっているであろう、めぐみにも不安が残る。いくらふるさととはいえ、長いこと都会で暮らしていた女性にとって、再び地元民として地域に溶け込んで暮らすのはそう楽ではないはずだ。なにより、高齢で介護の必要な母親と二人、どう暮らすのか。デイサービスもない、ヘルパーもいない二次離島だ。“ばんば”と24時間二人きりで、介護だけをして暮らすのか? 精神的にはかなりキツいであろうことは容易に想像がつく。

そして、いずれ“ばんば”はいなくなる。残されためぐみはどうするのか。もちろん、また娘家族のいる大阪に戻ればいいのだろうが、介護離職してまで打ち込んでいた介護が終わり、めぐみは新しい生きがいを見つけられるのか……など、ドラマとわかっていながらいらぬ心配までしてしまった。これだけ考えさせてくれたのは、「舞いあがれ!」が良質なドラマだったという証拠だろう。

ただ、これはドラマの中の、それも離島の問題だと片づけてはいけない。急激な少子高齢化が進む日本の、もうすぐそこに来ている現実なのだ。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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