取材・文/ふじのあやこ
離婚、再婚などで複雑化する家族関係。血縁のない家族(義家族)との関係で生じる問題、そして新たに生まれたものを、当人にインタビューして、当時感じた素直な気持ちを掘り下げます。【~その1~はコチラ】
今回お話を伺った友美さん(仮名・42歳)は31歳のときに4歳下の男性と結婚。現在は小学生の子どもと3人暮らしをしています。2人が結婚したとき、義両親は40代。どちらも働いており、一人っ子の息子の結婚にもどちらかというと淡泊な対応だったそう。
「2人でよく旅行に行かれていたり、義父は趣味のウイスキーのボトル収集、義母は筋トレにハマっているようで、生活にも余裕がある感じでした。20歳で夫を産み、40代に入ったときには子育ても落ち着いていたこともあり、『40歳からは好きなことをしている』とお2人とも話していました。夫に執着している感じもなくて、程よい距離感で付き合っていけると思っていたんです」
義母の遺言「お父さんのことをよろしく」
程よい距離感が崩れたのは義母が亡くなってしまった3年前。義母は病発覚後1年と少しの闘病生活で亡くなってしまいます。義母の闘病中は、友美さんは妊娠、出産という時期で、旦那さまと義父が義母の入院の世話をしていたそう。その間に旦那さまは義母から残される義父のことを任されていたと言います。
「妊娠後期には予定よりも随分前に破水をして絶対安静になってしまい、その他にも体調不良や感染症の危険もあり、入院したり、家で横になるしかありませんでした。夫も義両親もそこはしょうがないと言ってくれていたんですが、そのときに夫は義両親から同居を迫られていたみたいです。もう長くないと悟った義母から『お父さんをよろしく』と。そこで夫は義父との同居を約束をしてしまったみたいで、お葬式の後にしばらくして、伝えられました」
友美さんは申し訳ないと思いつつも同居にはすぐに答えを出せませんでした。そんな時間を待てなかったのか、義父が近くに引っ越しをしてきたとか。
「私は産後で余裕もなくて、すぐに返事ができませんでした。睡眠不足などで少しピリピリしてしまっていたこともあり、夫も同居を押し通すことができなかったんだと思います。
そんな停滞に義父はしびれを切らしたのか、義実家を手放して私たちの家の近くに引っ越してきたのです。そのときの費用のほとんどを夫が出していたんですが、それもすべて事後報告で。でも、近場だけど一人暮らしを始めたということは同居しないですむということ。今後少し気まずくなるかもしれないと思いつつも、ホッとしました」
【一緒に暮らしているのと同じ。50代の義父の老後問題と直面。次ページに続きます】