コロナ禍にあって、人とコミュニケーションをとる機会は以前より格段と少なくなってきています。しかし、人は「自分のことを話したい」という欲求を持っているといいます。人と会話する機会に話をうまく聞くことができれば、コミュニケーションの質が高まり、相手との関係を良好に保つことができるでしょう。
そこで、累計100万部のベストセラー『人は話し方が9割』の著者、永松茂久さんの『人は聞き方が9割』から、人とのコミュニケーションがうまくいく「聞き方」のコツをご紹介します。

文・永松茂久

間違いだらけの聞き方をしていた私

腕を組んでジャッジしながら正解しか認めない。
ここまで偉そうなことを書いてきましたが、何を隠そう、実はこれは以前の私自身のことです。

今から約20年前、3坪のたこ焼き屋の行商から商売を始めた2年後、28歳の時、私はふるさとの大分県中津市に「陽(ひ)なた家(や)」という1、2階150席のダイニングレストランを作りました。

たこ焼きしか焼いたことのない20代の人間にとって、それは手探りの無謀な挑戦でした。
スタッフの数は、7人から約3倍近くの20人に増えました。
もともとテイクアウトのシステムで、作って売るだけだった業態から、お客様と向き合い、商品をおすすめするホールサービス業へ。毎日が試行錯誤の連続でした。

私は書店に行き、飲食店のノウハウ書を片っ端から読んだのですが、その中に必ずと言っていいほど入っていたのが「スタッフたちのコミュニケーション能力の必要性」でした。

この商品はどんな特徴を持っているのか、どういうタイミングでおすすめするのか、私は見よう見まねでお客様との会話のマニュアルを作り、スタッフたちにこれを丸暗記させるというミッションを課しました。
うちのスタッフたちは中卒、高校中退、ニート、会社をクビになったメンバーばかり。文字というものに、もともと馴染みがありません。

しかしそんなことを言い訳にしていたら、店は致命傷です。社員たちを集めて時間のある時に暗記させたものを、私がお客様役をしながらテストをするというワークを繰り返していました。

まずは基本からと思い、スタッフたちにはアドリブを禁止し、書かれたものを一言一句間違えずに感情を込めて伝えるように、しかし私はアドリブで返すというめちゃくちゃな訓練を始めました。
しかも設定は、あえて気難しいお客様。
その理由も「一番難しい人を突破できれば、あとは簡単だから」というものでした。

1日でコミュニケーションが嫌になるトレーニング

「いらっしゃいませ、お客様。当店のおすすめはこの商品で、〇〇という食材を使った自慢のメニューとなっております」
「いやいや、おすすめとか自慢とかはどうでもいいから。そもそも何で美味しいって言い切れるの?」
「え、いや、あの……」

「お客様、グラスが空きとなっていますが、おかわりいかがでしょうか?」
「いや、ほっといてくれるかな? 話してるから」
「あ、すみません、失礼しました」
「そこ、お客様、申し訳ありません。失礼いたしました。いつでもお申しつけくださいませ、でしょ。そんなんで、お客様といいコミュニケーションが取れると思ってるの?」

そしてこのワークの後に反省会。
「自分の何が悪かったのか?」
「どうすれば、もっとよくなるのか?」を発表させるのです。

私は腕組みをしながら
「なぜできないの?」
「明日までにどこまで進めるの?」
「もっといい意見出ないの?」
「そもそもミーティングなのに何で発言しないの?」
とスタッフたちを責めてばかりでした。

書いていて当時のスタッフたちに「ほんとにごめん」と謝りたくなるような意地悪い役。
スタッフたちは自信を失っていき、私のイライラは募(つの)るばかり。
ワーク中の店の中は、ふだん明るいスタッフたちでもどんよりムードに。
みるみるうちに全体が元気をなくしていき、完全にマイナスのスパイラルでした。

聞く力の威力を知ったおそろしい実験

「どうすればいいんだ?」
先の見えない訓練に疑問を感じていたある日、たまたまテレビで1つの実験番組を目にしました。

それは「この時の衝撃と学びがベースで本書が生まれた」と言っていいくらい、私にとってはコミュニケーションの概念をひっくり返すようなものでした。
さすがにタイトルまでは覚えていないのですが、おぼろげな記憶ではたしか「コミュニケーション特集」的なものだったと思います。
イメージしながら読んでください。

その実験には6人の男性と3人の女性が登場します。
男性を2チームに分け、布がかかって足元が見えないテーブルに女性と男性が向き合って3対3で座ります。
最初の3人は「僕は女性と話すのが苦手です」チーム。

言い方を選ばずに言えば、「見るからにモテなさそうだな」というメンツ。
そして2組目は「僕は女性と話すのが得意です」チーム。
こちらは見るからにスタイリッシュ、イケメンで、いかにも「僕、モテてます」と自他ともに納得のいくメンツでした。

布で隠された女性の足元にはペダルがつき、男性の話が面白かったら踏むというルール。
これを踏むと画面上に「ピコ」とポイントが貯まっていきます。
この「ピコ」は視聴者には見えますが、話している当人たちには見えない設定です。
制限時間は5分。

まずは苦手チームからチャレンジが始まりました。
「もうやめてあげて。5分は長すぎる」とテレビに言いたくなるくらい、スタートから悲惨でした。
男性たちは緊張でガチガチ。
話を聞いている女性たちの顔が「あなた大丈夫?」と心配しているような光景でした。
結果。3人のトータルで5ピコ。完全に敗北です。

さて、そしてここで意気揚々に登場した得意チーム。このチームはゲームの始まる前、座った時から女性に声をかけ、いきなりほめたり笑わせたりしながら会話をリードしていきました。
チャレンジが始まってからも、女性たちは軽々な会話の中で笑い続け、ペダルを踏み続けていきました。
結果。85ピコ。さすがです。

「そうか。やはりトークは大切なんだな」と思って感心していましたが、実はそうではありませんでした。この実験のおそろしさはここから始まります。

実験は2回戦へ。
先ほど大敗北した、苦手チームがふたたび座りました。
2回目のチャレンジを始める前に、番組のディレクターが女性たちを集め、何やら打ち合わせをしました。すると結果が大きく変わったのです。
最初のチームのピコ数がどんどん上がり、結果約30ピコ。最初の5ピコからすると大健闘です。
そして先ほど85ピコを取った得意チームの結果は、なんと15ピコまで下がってしまいました。85ピコから15ピコへ。大敗北です。

さて、ディレクターは女性たちに何を指示したのでしょうか?
答えは簡単なことでした。先攻の苦手チームに対しては、
「とにかく笑顔でオーバーリアクションで面白そうに聞く」というミッションを。

そして後攻の得意チームには
「どんなに相手が一生懸命に話しても、真顔でうなずかずに話を聞くこと」
というミッションを、女性たちに与えたのです。

するとどうでしょう。
苦手チームのメンバーたちが、女性のリアクションに引っ張られ、だんだんテンションが上がっていき身振り手振りが増え、ピコはどんどん増えていきました。

後攻の得意チームは、真顔のノーリアクションの女性たちの反応に話が空回りし、表情は硬くなり、中には額に汗をかき、それを拭いながら一生懸命話しているという、そこに映ったのは、それまでの自信を打ち砕かれた、かわいそうなイケメン君たちの姿でした。

この番組は「会話において、いかに聞く側のリアクションが話す側に影響を及ぼしているのか」
ということを証明したのでした。

「よくこんなかわいそうな実験を思いついたな」と番組の構成者たちにある種の尊敬の念を抱きながらも「この実験、間違っても出たくないな」と思わせるものでした。
それと同時に私にはある改善点が思いつきました。

安心感あふれる空間を作ろう

「昨日までのコミュニケーションワークはやめることにする。陽なた家はとにかくお客様が話しかけたくなるような『聞き方』で勝負する!」
「???」
「また、しげにい(私はスタッフたちからこう呼ばれています)が不思議なことを言い出した……」
口には出さないものの、スタッフたちの顔にそう書いてありました。

こんな時、お約束のようにスタッフを代表して発言する私の実の弟であり、ムードメーカーの幸士(こうじ)が私に聞いてきました。
「しげにい、それってとにかくお客様の話を笑顔で聞けばいいってこと?」
「うん、そうだな」
「んじゃ、おすすめを聞かれたら『これ、めっちゃおいしいですよ!』とかひと言でもいいの?」
「そう。とにかく余計なことを言わずに満面の笑顔とうなずきだけでいい。けどそこだけはどこの店よりも負けないようにしてくれ」
「うあー、それならできる! みんなやろうぜ!」
「おー!!」

こんな感じで大盛り上がりになってしまいました。
浮かない顔をしていたスタッフたちも笑顔を取り戻し、「俺お客様役ね」「んじゃ私がスタッフ役します」
こんな感じであちこちで勝手にワークが始まり、店のワークは演劇の練習場のようになりました。

誰でも話せるようになる会議と朝礼の秘密

「地域で一番お客様が話しかけやすい感じのいい店にする」
このコミュニケーション大作戦は、私たちの店に思わぬ波及効果をもたらしました。

掃除と仕込みを終えた後、ミーティングと朝礼をしてから営業開始というのが私たちの店のルーティンでした。
「聞き方で勝負」というルールを決めたことで、スタッフたちのミッションは、話すことではなく、笑顔でうなずくことにシフトされました。

最初のうちは私が話すことを一生懸命聞くというところから始まったのですが、やがてそれぞれの発言が増えていきました。
そのうち誰ともなく「誰かが意見を言ったら、それがどんなものであれ親指を立てて『いいね!』からすべてを始めよう」というルールができあがりました。

ここから10年ほどしてFacebookが登場するのですが、その「いいね!」マークを見た時、うちのスタッフの1人が
「Facebookってひょっとして、うちの『いいね!』をパクったんじゃないか」
と真顔でバカなことを言うくらい、まず肯定からすべてを始める、という文化が浸透していきました。

「話すのが苦手」は実は気のせい

そして、その肯定文化は朝礼のスピーチにも広がっていくことになります。
朝礼では大きな声でスピーチをするのですが、最初のうちは「とにかく言いたいことを1分以内にまとめよう。そうじゃないとみんな話せないから」というルールがありました。

しかしその時間制限を撤廃。
「全員に回らなくてもいいから話したい人がとことん発表しよう」ということになりました。
前向きならどんな話でもよし。
とにかく聞く側のリアクション重視というものに変えました。
極端に言えば、「1+1は3なんです!」と間違えたことを言っても訂正や難しい顔は禁止。
「そうだ!」「そのとおり!」「さすが!」「新しい!」とみんなで最高の笑顔で拍手を贈るという感じです。
周りから見ると「あの子たちは大声で変なことを言って、一体何をほめ合っているんだ?」という不思議な図式だったと思います。

まるでバックミュージックのない中で拍手と合いの手を入れるカラオケボックス状態でした。
こうして「聞く」ということを徹底的に重視し、ミーティングと朝礼を繰り返していくうちに、スタッフたちのスピーチスキルはどんどん上がっていき、彼らの自信とともに、お客様もどんどん増えていきました。

「自分は話すのが苦手」、彼らのセルフイメージは事実ではなく、思い込みだったのです。
彼らは「話せない」のではなく、「話せる環境にいなかっただけ」だったのです。
どんなに間違ったとしても、温かく周りが聞いてくれる、という確固たる安心感を持つと、どんな人でも話せるようになる。
私は彼らからそのことを学びました。
ふと目にしたテレビで見たあの実験は、お店だけでなく、私自身のコミュニケーションの価値観を大転換させるターニングポイントだったのです。

100%好かれる聞き方のコツ

否定のない空間を作ることで、人は誰でも話せるようになる

イラスト ©久保久男/朝日メディアインターナショナル

* * *

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永松 茂久(ながまつ・しげひさ)
株式会社人財育成JAPAN 代表取締役。大分県中津市生まれ。2001年、わずか3坪のたこ焼きの行商から商売を始め、2003年に開店したダイニング陽なた家は、口コミだけで県外から毎年1万人を集める大繁盛店になる。自身の経験をもとに体系化した「一流の人材を集めるのではなく、今いる人間を一流にする」というコンセプトのユニークな人材育成法には定評があり、全国で多くの講演、セミナーを実施。「人の在り方」を伝えるニューリーダーとして、多くの若者から圧倒的な支持を得ており、講演の累計動員数は延べ45万人にのぼる。著作業では2020年、書籍の年間累計発行部数で65万部という記録を達成し、『人は話し方が9割』の単冊売り上げで2020年ビジネス書年間ランキング1位を獲得(日販調べ)。2021年には、同じく『人は話し方が9割』が2021年書籍の年間ベストセラーランキングで総合1位(日販調べ)、ビジネス書部門でも2020年に続き、2年連続1位(日販調べ)に輝く。トーハンでも2021年ビジネス書年間ランキング1位に。著書は『人は話し方が9割』『人は聞き方が9割』『喜ばれる人になりなさい』(すばる舎)など多数あり、累計発行部数は285万部を突破している。


 

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