人と話さない仕事がしたかった
敏恵さんが最後に働いたのは30年前。現在は60歳を超えており、自動車運転免許も持っていない。こわごわとハローワークに相談に行った。
「仕事がないと思ったら、選びたい放題なんですね。介護、接客、調理、清掃など、いろんな仕事があったんです。私は調理が好きだし体力もあるので、スーパーの総菜売り場の仕事を選びました。人付き合いも接客も苦手だし近所の人に見られるのも嫌だったので」
敏恵さんの世代は、「妻が働くのは夫の経済力がない」という考え方が根強く残る。
「それに、離婚したことを知られるのも嫌だったんです。人の不幸は蜜の味ではないけれど、私の離婚が他人の蜜になるのはイヤだったんです。親には言いましたが、友達には誰にも言っていません。恥ずかしいというのが第一にあります」
その恥ずかしさの根源は、「一生懸命働いた夫と別れてしまった妻」という現状に付きまとうイメージ。
「我慢が足りない、情が薄い、主人をATM代わりにしていた、恩知らず……なんだかんだ言って、女性は自由な道を選んだ女性に対して、とても厳しい。母からも“今まで楽させてもらったのに、定年だからって離婚するなんて……我慢すればいいのに”と言われました」
家族のために自己犠牲もいとわない……そんな女性が“最上”とされる価値観は根深い。
「だから主人に家を建ててもらったのに、主人を捨てる私は“最低”なんです。だから離婚のことは知られたくなかった。とはいえ、誰かにわかってほしいという気持ちはありました。パートをすることにしたのは、生活のためということもあったけれど、それまでのママ友など主婦時代の友人には言えない悩みを打ち明けられる人と出会いたかったんです」
その職場で、敏恵さんは由美さん(仮名・62歳)と出会う。由美さんは容姿が整っており、底知れぬ魅力があるといいます。
「自分の魅力を知っていて、それを上手に使って自分自身の欲求を満たさせるように誘導していくようなところがあります。気が付くと、支配されているというか、断れなくなってしまっているんですね。今思えば、ちょっと賢いパートさんは、由美さんと距離を置いていたと思います」
由美さんは何に問題があったのだろうか。
「とにかく優しいんです。優しいからほだされてしまい、仕事をうまいこと私に押し付けてサボる。そして空いた時間を、自分が好きな社員さんと“ぺとっ”と言う感じでくっついているんです」
【爪がボロボロになる病気が再発してしまう……後編に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。