いつの時代にも、イノベーションは「常識を疑う」ところから始まる。そのとき必要なのは、「前例」のたぐいに縛られない自由な発想だ。
たとえば今回ご紹介するパイオニアの「ピュアモルトスピーカー」は、その好例と言えるかもしれない。長い年月をかけてウィスキーを育ててきたホワイトオーク樽材を使用した、世にも珍しいスピーカーだ。
従来、ウィスキーの熟成という役割を終えた樽の用途は限られていた。新しい樽を作る工程には「チャー」と呼ばれる樽の内側に焼き入れを行うのだが、その作業を行う際の燃料として燃やされるだけだったのである。
しかし90年代前半から、工芸家の集まる工房であるオークヴィレッジ(岐阜県高山市)などにより、再利用の道が模索されるようになった。「100年かけて育った木なら、100年は大切に使いたい」という合い言葉のもとで、役目を終えた樽材を利用した家具や工芸品作りがスタートしたのである。
そんななか、樽材を再利用して製作された家具や工芸品の美しい風合いに可能性を見出したのが、オーディオメーカーのパイオニアだ。樽材で家具や工芸品が作れるのであれば、同じようにスピーカーを作れないだろうかと考えたのだ。
そして1998年、サントリーとオークヴィレッジ、パイオニアのコラボレーションによる初代ピュアモルトスピーカー「S-PM1000-LR」が誕生。その音色が共感を呼び、以来、ピュアモルトスピーカーの歴史が刻まれることになった。(現行モデルは「S-PM50」および「S-PM30」)
ウィスキー樽の材料に用いられるのは、おもに北米産のホワイトオーク。ヨーロッパでは「森の王」と称され、木目が美しく伸縮や反りの少ないことが特徴なのだという。
まずは、良質の木を厳選して長期間にわたり乾燥させるところからスタートする。乾燥が終了すると、「柾目取り」という手間のかかる方法で切り出し。こうすることによって年輪の中心から伸びる組織が閉ざされ、ウィスキーが漏れない樽材になるのである。
樽は、側板(がわいた)を1本1本並べ、帯鉄で締め上げて密着させながら組み立てていく。これは、木の組織を傷めずに使用するための手段。こうした緻密な作業の積み重ねが、再利用できる良質な樽材を生み出すのだ。
ピュアモルトスピーカーのキャビネットに使われるのも、この側板の集成板。貯蔵を繰り返しながら数十年にわたりウィスキーと接してきたこの側板が、いかにスピーカーに適しているかは、軽く叩いて見ただけでもはっきりとわかる。切り出されたばかりの板とはまったく異なる、雑味のない余韻に満ちた音を響かせるのである
なお樽材を分析した結果、その高剛性は通常のパーチクルボードをはるかに凌ぎ、剛性を示すヤング率は実に4倍以上であった。振動吸収の指標である内部損失も2倍近く大きいことがわかったのだという。一般的に剛性が高いほどと振動吸収性は低くなるだけに、樽材の長い年月の積み重ねによる変化はその常識を打ち破るものとして注目に値する。ある意味では、ウィスキーとホワイトオークが生み出した奇跡といえるかもしれない。
このような上質な素材を用い、独特な風合いと木目の質感を活かしつつ、最先端のスピーカー技術によって仕上げたのがピュアモルトスピーカーだというわけだ。
使い込まれた樽材ならではの、深くまろやかな音色は、とても耳に心地よい。しかもクラシックからロックまで、どんなジャンルの音楽も自然に聴かせてくれる。この音を知ってしまえば、もう過去のスピーカーには戻れなくなるかもしれない。
その心地よさは、東京・八重洲にあるオンキヨー・ショールームで体験できる(「S-PM50」
【Gibson Brands Showroom TOKYO】
住所:東京都中央区八重洲2-3-12 オンキヨー八重洲ビル1F・2F
営業時間:12:00-19:00
定休日:月曜・指定休業日
【製品についてのお問い合わせ】
電話:050-3161-9555(オンキヨーオーディオコールセンター)
文/印南敦史