1994年に初代『アーロンチェア』が登場。米国のハーマンミラー社が開発した椅子には、張り地に「ペリクル」というメッシュ(網目)素材が使われ、座る人の姿勢や体型に合わせるための各種の調整機能を有していた。人の体をどのように支えれば、体の負担を軽減し、長時間の正しい座り姿勢を維持できるのか。椅子と人間工学を掛け合わせて出てきた、ひとつの解がアーロンチェアだった。デザインも斬新だった。今でこそメッシュ張りの椅子は珍しくないが、近未来感を醸した背景が透けて見えるスタイルは現在も変わらない。
アーロンチェアの生みの親と呼ばれるのが、デザイナーのビル・スタンフである。1970年代から人間工学に基づいた椅子の開発を開始、’80年代にドン・チャドウィックという生涯の相棒となるデザイナーと出会い、時代を画す椅子を次々に送り出してきた。その完成形がアーロンチェアである。
初代のアーロンチェアは無駄のないデザインで、29年も前の製品とは思えない。だが、アーロンチェアの進化はそこで止まったわけではない。近年では、2016年に発売された『アーロンチェア リマスタード』で機能を刷新、紹介する『アーロンチェア リマスタード オニキス』は、2022年に発売された最進化形である。
アーロンチェアの外観を特徴付けるのが、背もたれを後ろから支える仕組みである。一般に「ランバーサポート」と呼ばれる機構だ。腰を後ろから支えることで、背骨のS字カーブを自然な形状に保つ。初期モデルではサポートするのはランバー(腰椎)のみだったが、本品には腰椎の下部にあたる仙骨まで広くサポートする「ポスチャーフィット」という機構が採用されている。これにより、骨盤全体がしっかり支えられ、座り姿勢がさらに安定する。
「ペリクル」は一見、同一の張力に見えるが、体の触れる部位によって弾力を変えている。たとえば、最も体重のかかる座面の一部分は、張力を緩めて柔らかな弾力を感じられるように調整されている。
また座面の傾きや肘掛けの位置、背もたれの傾斜などを細かく調節することで、自分だけの椅子に最適化できる。座り心地はいわずもがな、大変よろしい。
海洋プラスチックを使用
新型モデルには、もうひとつ大きな変化があった。それは、樹脂部分に「海洋プラスチック」が再利用されていることだ。海岸から50km圏で回収したプラスチックゴミを材料化することで、自然環境を守ろうというハーマンミラー社の取り組みである。同社の製品には年間約234トンの海洋プラスチックが再利用されている。いわばアーロンチェアが売れるほど、海洋プラスチックの減少に貢献する図式だ。
初代の登場から四半世紀以上が経ち、アーロンチェアは工学的な進歩だけでなく、地球の環境まで思いを届ける製品になった。
取材・文/宇野正樹 撮影/稲田美嗣 スタイリング/有馬ヨシノ
※この記事は『サライ』本誌2023年2月号より転載しました。