最初の宦官、最後の宦官

前述の通り、宦官の記録は紀元前14世紀にまで遡る。が、歴史上ふかい爪痕を残した最初の宦官ということになると、秦の趙高(ちょうこう)が思い浮かぶのではないか。なにしろ、わが国でも「平家物語」冒頭で名高い「祇園精舎の鐘の声……」につづき、古今東西の悪人を挙げる際、まっさきに言及された人物なのである。

紀元前210年、秦の始皇帝(第9回参照)が巡幸先で没した。このとき供をしていた趙高は、皇帝の遺言を偽造し、みずからの仕える胡亥(こがい)を二世皇帝に就ける。この功で趙高の権勢は絶頂を極めることとなり、ついには丞相(じょうしょう=宰相)にまでのぼりつめた。鹿を見せても彼が馬だと言えば、みなそのように追従し、したがわない者はあとで罰せられたという(「馬鹿」という表記の由来とされる)。むろん国政は乱れ、各地で反乱が頻発した。ついには不和となった二世皇帝を死に追いやったが、彼自身も三世皇帝に誅されてしまう。が、時すでに遅く、秦帝国の滅亡はその翌年に迫っていた。

宦官たちはしばしば徒党を組み、政治をみだしたが、中国史上、もっともその害がはなはだしかったのは漢・唐・明の各王朝だった。当然、彼らに対する眼差しはきびしいものとなる。三国志ファンにはよく知られたことだが、後漢末の英雄・曹操は父が宦官の養子となった人物。そのため敵対する相手から、これを悪罵のたねにされたこともある。宮廷の都合で作り出しておきながら、宦官に対してさげすむような視線が消えることはなかったのだろう。そうなれば、宦官どうしでつどい、権勢を得てみずからを守ろうとするのは自然な流れでもある。なんとも罪深い制度というほかない。

それでも、王朝がつづくかぎり宦官が廃されることはなかった。清朝末期の実力者・西太后(1835~1908)につかえた李蓮英(りれんえい)は40年にわたって権勢をふるい、しばしば「最後の宦官」と称される。みずから志願して去勢手術をうけたが、ひそかに結髪のわざを学び、西太后の気に入る髪形をものにしたことで寵愛を得るようになった。このエピソードをどう解釈するかは人それぞれで、人目をはばからぬ追従者ともとれるが、状況を読む目と修練をいとわぬ胆力の持ち主ともいえるだろう。西太后の意を受け、「扶清滅洋」(ふしんめつよう=清を助け、外国勢力をほろぼす)をスローガンとする秘密結社・義和団とも連絡を取り合っていたとされる。

が、時代の流れはいかんともしがたく、1908年に西太后が死去、3年後には辛亥革命がおこって清帝国は滅亡への道をたどることとなる。李蓮英が生涯を閉じたのは、まさにその1911年だった。最後の宦官と呼ばれた人物にふさわしい幕引きといえよう。

3000年以上にわたり、中国史の一部として生きつづけた宦官。しばしばマイナスの存在として捉えられる彼らだが、「史記」をあらわした司馬遷も宮刑をうけた人物。ほかにも紙の発明者とされる後漢の蔡倫(さいりん)、大航海で名高い明の鄭和(ていわ)なども宦官である。こうした人材に目を向けることで、あたらしい宦官史のスタートも可能となるだろう。なにより、歴代王朝そのものが彼らを必要とし、生みつづけたことを忘れてはならないと思えるのだ。

文/砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)
小説家。1969年生まれ、兵庫県神戸市出身。早稲田大学第一文学部卒業。出版社勤務を経て、フリーのライター・編集・校正者に。2016年、「いのちがけ」で第2回「決戦!小説大賞」を受賞。2021年、『高瀬庄左衛門御留書』で第165回直木賞・第34回山本周五郎賞候補。また、同作で第9回野村胡堂文学賞・第15回舟橋聖一文学賞・第11回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。2022年、『黛家の兄弟』で第35回山本周五郎賞を受賞。他の著書に『いのちがけ 加賀百万石の礎』、『霜月記』、『藩邸差配役日日控』、共著に『決戦!桶狭間』、『決戦!設楽原(したらがはら)』、『読んで旅する鎌倉時代』、『どうした、家康』などがある。『逆転の戦国史「天才」ではなかった信長、「叛臣」ではなかった光秀』 (小学館)が発売中。

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