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「アニソン」ジャズはビル・エヴァンスから始まった!? 『白雪姫』がジャズ・スタンダードになるまで【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道10】

文/池上信次

第10回ジャズ・スタンダード必聴名曲(6)「いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)」

前回で、ビル・エヴァンス(ピアノ)はオリジナル曲にこだわっていたことを紹介しましたが、その一方で、スタンダードもたくさんの演奏を残しています(まあ、とにかく作品数が多いので)。ただ、その楽曲選択にもいくつかの大きな特徴がありました。ここにも当然ながら個性が出ます。

そのひとつは、「他人がやらない有名曲をやる」こと。ジャズマンが「スタンダード曲」を演奏するのは、「広く知られている」ことが理由のひとつですが、エヴァンスは同じ理由でありながら、「ジャズのスタンダードではない」広く知られている曲を、おそらくじっくりと探し出して取り上げました。その代表といえる1曲が、「いつか王子様が(Someday My Prince Will Come)」です。これは、ウォルト・ディズニーのアニメーション映画『白雪姫(Snow White and the Seven Dwarfs)』(1937年)のテーマ曲です。作詞はラリー・モリー、作曲はフランク・チャーチル(ふたりはディズニーの『バンビ』でもコンビを組んでいます)。映画の中では、ヒロイン白雪姫が7人のこびとたちにせがまれて歌い聴かせています。歌詞はタイトルそのままの夢見る乙女心を歌ったもので、ジャズマンが歌うような大人のラブソングとはかなり離れたタイプの歌といえるでしょう。

この曲を最初にジャズとして取り上げたのは、エヴァンスではありません。1956年リリースのジョン・ウィリアムス(ピアノ)のアルバムがありますが、当時は無名のミュージシャンですからとりあえず除外して、エヴァンス以前で知られるのはデイヴ・ブルーベック(ピアノ)の1957年録音・発表のアルバム『デイヴ・ディグス・ディズニー』(1)だけといっていいでしょう。これはタイトルどおりディズニーの映画音楽をジャズ演奏したもので、ジャケットもブルーベックがディズニー・キャラクターたちに囲まれているという、いわば「企画もの」でした。

エヴァンスは、1959年末『ポートレイト・イン・ジャズ』(リヴァーサイド)にトリオ編成で録音しました。リリースは翌年で、ブルーベックの4年後です。この間はほかではほとんど取り上げられていませんでしたので、ブルーベックの演奏はやはり特別視されていたのでしょう。有名ジャズ・スタンダードのオリジナルの多くがブロードウェイ・ヒット・ミュージカルの曲とはいっても、世界的大ヒット映画のテーマには比較になりません。「いつか王子様が」の認知度は抜群で、ネタとしては最上級、しかしながら内容は子供向けの、今でいう「アニソン(アニメソング)」です。エヴァンスが、リーダー・アルバムで真正面からジャズ曲として取り上げるのにはそれなりの躊躇もあったに違いありません。が、そこはエヴァンス、正攻法で「ジャズ」に仕立て上げました。テーマのメロディは明瞭に演奏し、アドリブも原曲どおり3拍子で、「いつか王子様が」をジャズ曲としてしっかりと印象づけました。「アニソン=ウケ狙い」と捉えられなかったのは、エヴァンスの真摯な姿勢と素晴らしい演奏内容があってのことですが、この、「アニソンもあり」という「新たなネタ観」は、当時のジャズマンに大きな影響を与えたようです。

ビル・エヴァンス『ポートレイト・イン・ジャズ』

ビル・エヴァンス『ポートレイト・イン・ジャズ』

マイルスの演奏がスタンダードの源流になった

マイルス・デイヴィス(トランペット)は、エヴァンス発表の1年後、61年3月にこの曲をスタジオ録音しました。しかもアルバム・タイトルにまでしてしまうほどの入れ込みようでした(『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』[2])。マイルス自身がわざわざこの古いアニソンを探して引っ張り出してくることは考えにくいので、おそらく(かつてのサイドマンで、信頼する)エヴァンスの演奏を耳にしたのがきっかけでしょう。マイルスの演奏のアレンジは、イントロのベースの通奏低音が特徴かつ印象的ですが、考えていたそのアイデアを生かせる曲だったということなのか、メロディが気に入ったのか、(人気者のオレなら?)エヴァンスよりもっと一般大衆にウケると思ったからなのかはわかりませんが、この曲に特別な何かを感じたのでしょうね(まさか、ジャケットになっている当時結婚したばかりの奥さんのためだったりして……)。

このアルバムは大きく注目され、マイルスは当時のライヴのレパートリーにも取り入れました(ライヴ盤『ブラックホークのマイルス・デイヴィス』[コロンビア]CDボーナストラックで聴けます)。そしてその頃から、多くのジャズマンが取り上げるようになりました。最初は他人とは「違う曲」でも、いい曲はどんどん演奏され、みんなが演奏する「同じ曲」(=スタンダード曲)になっていくのですね。マイルスのイントロもこの曲の「定番アレンジ」として定着しています。これはオリジナルにもエヴァンスの演奏にもありませんので、マイルスの演奏がスタンダードの源流になった証左といえます。また、「いつか王子様が」は「マイルス・トリビュート」では必ずといっていいくらいに取り上げられるほど、マイルスの代名詞的な曲のひとつとして知られています。

というわけで、自分で発掘したのにおいしいところをかつてのボスに持って行かれてしまった(?)感のあるエヴァンスですが、彼は彼でこの曲はお気に入りで、生涯演奏しつづけました(これもエヴァンスの特徴ですね)。最初は、取り上げたことに意義があったわけですが、スタンダード化するとエヴァンスはさらに(マイルスとはまったく異なる)アレンジを施し、自身の個性を貫き通します。とくに『モントルー・ジャズ・フェスティヴァル』のライヴ盤の演奏は名演として知られています(4)。

このほかにエヴァンスは、アニメでは『不思議の国のアリス』(1951年のディズニー映画)、『リトル・ルル』(40年代半ばと60年代初頭の映画シリーズ)を取り上げており、前者はジャズ・スタンダードになっています。ほかの要素に隠れがちですが、こういった「選曲センス」もエヴァンスの特徴ある個性といえるでしょう。エヴァンスの特徴的な選曲には、この「アニメ」のほかに、「映画」や「クリスマス」もあるのですが、それはまた次の機会に。

「いつか王子様が」名演収録アルバムと聴きどころ

(1)デイヴ・ブルーベック『デイヴ・ディグス・ディズニー』(コロンビア)

演奏:デイヴ・ブルーベック(ピアノ)、ポール・デスモンド(アルト・サックス)、ジョー・モレノ(ベース)、ノーマン・ベイツ(ドラムス)
録音:1957年6、8月

ブルーベックが、のちに「テイク・ファイヴ」で大ヒットを飛ばすことになる名コンビのポール・デスモンド(アルト・サックス)をフィーチャーしたディズニー映画音楽集。「いつか王子様が」のほかには、のちにスタンダードとなる「星に願いを」「不思議の国のアリス」も演奏していますが、この「企画もの」感ゆえ、エヴァンスのような「作品」感が希薄なのが惜しいところ。演奏は素晴らしいですよ。

(2)マイルス・デイヴィス『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(コロンビア)

演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、ハンク・モブレー、ジョン・コルトレーン(テナー・サックス)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)
録音:1961年3月7日

のちに「定番アレンジ」となる、同じ音を連打し続けるイントロのベースがじつに印象的。一度曲が終わるかと思えばコルトレーンが吹きまくってシメるという、意外な部分もあることはあるのですが、全体としてはステディな3拍子が続く、ごく普通ともいえるほどシンプルな展開です。しかし印象が強烈なのは、マイルスのミュート・トランペットの強力な個性と説得力があるからなのです。

(3)ウィントン・ケリー『サムデイ・マイ・プリンス・ウィル・カム』(ヴィージェイ)

演奏:ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)
録音:1961年7月20日

このトリオは、上記マイルスのアルバムのリズム・セクション。しかしマイルスのアレンジは使わず、イントロとテーマは3拍子系ルバートのソロ・ピアノで、ブリッジをはさんでくり返しのテーマとアドリブは4拍子で…、ってこれは前回紹介のエヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」とほぼ同じ展開なのでした。というわけで、ケリーはマイルスより、マイルス・グループ前任者のエヴァンスをより意識していたということでしょうか。

(4)『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エヴァンス』(ヴァーヴ)
『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エヴァンス』

『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エヴァンス』

演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、エディ・ゴメス(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラムス)
録音:1966年6月15日

初演から8年半が過ぎ、「王子様」はすっかり「マイルスの曲」となってしまいましたが、エヴァンスはそれを意識することなく(無視?)、演奏し続けてきました。ここでは、おそらくこのメンバーだけのためのアレンジで演奏を披露します。なんと、驚くことにアドリブ・パートは1コーラスごとに3拍子と4拍子が入れ替わっているのです。奔放かつ緻密なベースとドラムスだからこそ可能なのですね。

(5)カサンドラ・ウィルソン『トラヴェリン・マイルス』(ブルーノート)
カサンドラ・ウィルソン『トラヴェリン・マイルス』

カサンドラ・ウィルソン『トラヴェリン・マイルス』

演奏:カサンドラ・ウィルソン(ヴォーカル、ギター)、レジーナ・カーター(ヴァイオリン)、ケヴィン・ブレイト(マンドリン)、マーヴィン・スーウェル(ギター)、ロニー・プラキシコ(ベース)、マーカス・ベイラー(ドラムス)、ジェフリー・ヘインズ(パーカッション)
録音:1997〜98年

アルバムはマイルス・トリビュートがコンセプト。原曲の明るさ、マイルスの繊細さとは大きく離れ、カサンドラはメロディを大きく改変しブルージーにけだるく歌っています。王子様はやってこなさそうな雰囲気。しかしそこには一抹の希望の光も……というイメージ。素直に歌えば子供の歌も、カサンドラは大人の歌にしてしまうのです。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。ジャケット写真は一部のみ掲載しています。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

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