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◎No.20:サトウハチローのキャッチャーマスク

サトウハチローのキャッチャーマスク(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

詩人で作詞家のサトウハチローは「野球狂」だった。腕に覚えもあり「プロの元祖」と自慢げに語った。日本に職業野球が誕生する以前、いくつかのチームから要請を受け、謝礼をもらい助っ人にかけつけた体験があるのだった。

ポジションは捕手。小学3年の折に、伯父からミットをプレゼントされたのが始まり。少年小説の大家だった父・佐藤紅緑も、ハチローに劣らぬ野球好き。自らコーチ役を買って出てノックバットを振り、声をかけたポジションとまったく違う方向に打球を飛ばしてしまい、

「実戦ではどこに打球がいくかわからない。それにそなえているのだ」

と嘯(うそぶ)く場面もあった。

が、こんな微笑ましい父子交流のひとこまは、幼い日の野球場のみ。父への激しい反発心から、ハチローの履歴には、落第3回、転向8回、勘当17回の不名誉な記録が刻まれた。小笠原の感化院に送られそうになったこともあった。

ハチロー愛用のキャッチャーマスク(岩手県北上市・サトウハチロー記念館所蔵)。革と布でできたドーナツ型の枠に、交差した鉄棒を紐で括(くく)った素朴なつくり。記念館脇の原っぱで矯(た)めつ眇(すが)めつするうち、その額部分に小さく手書きした「ユートピア」の文字を見つけた。ああ。ハチロー少年の歓声が青空に谺(こだま)する一瞬。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

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