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「年の暮れには追憶を、年の初めには希望を」(幸田露伴)【漱石と明治人のことば364】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
《年々歳々に人間と云うものは、年の暮れには過去の追憶をしたり回想をしたりしないわけには行かず、また年の初めには希望をかけたり志を振い興したりしないわけには行かないものである》
--幸田露伴

今年も残すところわずか。まもなく新しい年が来る。

年末には去りゆく年を振り返りつつ正月の準備に追われ、年が明けると1年の抱負や目標を立てたりする。それをはるか昔から繰り返している人間というものに、幸田露伴は改めて目を向け、掲出のようなことばを綴るのである(随筆『新年言志について』より)。

この繰り返しは、一見愚にもつかないもののように思えるが、露伴はこれを否定せず、むしろ肯定的にとらえる。一年に四季があって樹木にも年輪ができ、竹にも節ができる。大晦日や正月があって、仮定的ではあるが年の関というものができるのだから、ちょっと思い入れをもってその関門を通った方がよい。そう説いていくのである。

そんな露伴の住む「蝸牛庵」の正月は、家族にとって気の抜けない空気に満ちていた。そもそも庵主の露伴は、あらゆる有職故実に通じ、徹底した行儀作法や立ち居振る舞いを、次女の幸田文に叩き込んだうるさ型。お気楽な寝正月など、あり得るはずもなかった。

元旦、主は客間の床近い座に、いつにも増して厳めしくよそよそしい様子で座している。そこに正装した子供たちがやってきて、新年の挨拶を高らかにする。そこから、幸田家の正月は始まる。

屠蘇を酌み交わすにも厄介な手続きが要る。家族の前に順に膳が配られるのを待って、文だけが立って通い口にいったん着座して一礼。おもむろに部屋のまんなかを床前へ行く。床にある塗り物の道具を、おおいを払って広蓋ごと露伴の前に捧げ、ようやっと盃が登場してくるという次第。この間、露伴の射るような視線を全身に浴びて、文は極度の緊張でがたがたと、ふるえ通しにふるえてしまうというのだった。

露伴は食にもうるさかった。だから、幸田家では正月用の馳走の準備も大変だった。「正月の酒肴は保存食で事足りる」とばかり、露伴は暮れのうちにあれこれ指図して準備させる。ある年の正月に用意した酒肴を、次女の幸田文が書き留めている。それによると、からすみ、雲丹、このわた、紅葉子(もみじこ)、はららご、カヴィヤ、鮭のスモーク、チーズ、タン、ピクルス、おきまりの口取り、数の子、野菜の甘煮、豆のいろいろ、ゆばに菊のり、生椎茸、鮎の煮びたし、雉の味噌漬。ダシにもやかましく、かつお、昆布、鶏骨をそろえる。なかなか大層なものである。

ところが、そうしておきながら、いざ年始の客を迎えて飲み出すと、庵主はあっさりと前言を忘れる。いまつくり立ての新鮮な皿を欲するのである。給仕する側は翻弄されつつ働き、結果として、気ばかりか肩までが張る正月となるのだった。

だが、これを押し通し、周りにも「しなければ」と思わせてしまうところに露伴の大きさがあった。深い教養に裏付けられた万般への目配りが、作品のみならず生き方の底に漲っていて、人を魅了し動かしたのだろう。

年頭の抱負なども、露伴は「よし」としている。新年に志を表明したりすれば、誰しもそれをできる限り履行しようと努めることになる。それが、自己を完成する上にはひとつの良策となる。そんなふうに指摘するのである。

さて、皆さんは、ゆく年をどう振り返り、くる年にどんな抱負をいだくのだろうか。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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