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旨い酒を知り、味わい、学ぶ。居酒屋は日本酒の世界を楽しむ男のホームグラウンド

カウンターで適温の酒を注いでもらう橋本さん。居酒屋好きには至福の一瞬である。居酒屋がホームグラウンドという橋本さんは週に2度は居酒屋に足を運ぶ。

灯ともし頃、居酒屋の行灯看板に明かりが点くのを見ると心躍る。

東京・大塚の居酒屋『きたやま』の暖簾を分け、ガラス戸越しに中を窺うのは早稲田大学教授の橋本健二さん。居酒屋愛好家だ。

「入口から壁に掲げられた酒名札を見るのが居酒屋前奏曲ですね。酒のラインナップを見ると、その居酒屋の性格がひと目で判る」

店内に足を踏み入れると店長の小林義尚さんと目が合う。期待と緊張が走る一瞬だが、店長の、「いらっしゃい。何をお飲みになりますか」のひと言で、緊張がスッと解ける。これぞ居酒屋の醍醐味。

●案内人:橋本健二さん(早稲田大学教授・57歳)
昭和34年、石川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学者。専門は社会階層論。居酒屋の視座からとらえた格差社会を考察するなど独自の言説が注目される。

「私は普段はフルーティで旨みのある酒から始めますが、今日は我が故郷石川の『手取川』を見つけたので、挨拶代わりに一杯」

カウンター越しに『手取川』が注がれ、橋本さんの顔がほころぶ。そして一升瓶のラベルをじっくり読む。酒自慢の居酒屋は客が一升瓶を手に取ることを厭わない。

「ラベルは酒の情報の宝庫。ここから酒質の見当をつけます。私は店の品書きを見るのが好きで、10分以上眺めていることもあります。この酒とこの料理を合わせて、などと想像するのが楽しいのです」

橋本さんは居酒屋では様々な酒を飲む流儀。多彩な銘柄を楽しむ。

「日本酒は万華鏡です。味わいの変奏を舌と喉で確かめましょう。現在は日本中に意欲的な酒蔵が増え、年々酒は進化しています。伝統ある名酒蔵と若い蔵元の酒を飲み較べるのも興趣があります」

橋本さんが選んだのは『繁桝』。福岡県の八女の酒で、亨保年間創業というから8代将軍吉宗の頃だ。

「口に含むと米の味を感じます。甘口、辛口では分けられない旨みがあります。体幹がしっかりした酒で、伝統の重みを感じます」

酒肴は刺身の三種盛り。日本酒と刺身は王道を往くコンビだ。

『繁桝 大吟醸 生々』160ml 900円。日替わりの造り三種盛り( 鮭さけ、イカ、まぐろ、ブリ)1200円。三種盛りながら4種の刺身が登場するのが酒飲みの心をくすぐる。

さて、次の一杯は酒肴に酒を合わせてみようということで、牛スジの旨煮に『風の森』という意外な選択を橋本さんは試みた。奈良県御所市の酒で、歴史ある蔵だが、若き社長が一途に酒造りに励む。

「まず発泡感に驚きます。フルーティで酸味があり、味のりもよく、新しいタイプの酒といえるでしょう。実はこのフルーティさが牛スジの濃厚な味をサラリと流して、とてもおいしいんです」

『風の森 純米大吟醸 しぼり華 秋津穂』80ml440円。牛スジの旨煮700円。『きたやま』では常時40~50種類の酒を揃え、値段は160mlで600~1300円。ほかに110mlと80mlのグラスがある。

この店には定番の『繁桝』『満寿泉』(富山)『手取川』などの他、現代的な銘柄も含めて多種の酒を置いている。店の人と相談しながら飲み較べてみるといい。飲み較べは自分好みの酒の傾向を知るための基本である。

「居酒屋ではどんな酒を飲みたいか自問自答します。私もそうして自分の好みが見えてきたのです」

「きたやま」は、『満寿泉』のような老舗蔵、『而今』(三重)などの気鋭実力蔵に加え、『越乃寒梅』(新潟)ほか有名蔵の酒も置く。まずは、いろいろ飲んでみよう。

「燗酒はいかがですか」と店長。

「いいですね。近年の居酒屋は酒の扱いが良くなって、冷やして飲むことが多いのですが、燗をするとまた酒の表情が変わります。温度による飲み口の違いも魅力です」

お湯を沸騰させないで燗をつけるのがコツ。温度計で温度を確かめながら、人肌、ぬる燗、熱燗など客の好みに合わせてくれる。

登場したのが純米酒の『五橋』。『五橋』は山口県岩国の酒だ。米の力を感じさせる酒である。

「うん、燗酒は酒が柔らかくなります。いい酒はどんな飲み方にも応えてくれます。大吟醸をぬる燗にするのもお勧めですよ」

橋本さんは杯と交互に冷水を口に含み、ゆっくり酒を味わう。飲むほどに表情が和らぐ。

『五橋 純米酒』を燗かんで680円。最初に登場する酒肴は3種類。毎日、12種類程度の酒肴が用意され、そこから客が3種類選ぶ。930円。写真は豆腐の味噌漬け、ワインらっきょう、ママカリ漬け。

「酒を発見し、深く知り、飲み方を指南してくれるのが居酒屋。良き酒場には独自の佇まいがあり、知識も豊富。居酒屋は私にとって社会に開いた窓といえます」

ひとりで飲むもよし、仲間と飲むもよし。居酒屋は酒に対する知見を広げてくれる。さて、今宵も何処かの暖簾をくぐろう。新たな美禄と出会うことを願いつつ。


【酒蔵きたやま】
東京都豊島区南大塚2-44-3 
電話:03・3946・5366 
営業時間:1階は17時30分~22時30分(最終注文22時)、2階は~22時(最終注文21時30分) 
定休日:日曜、祝日、第3土曜
アクセス:JR大塚駅、都電荒川線大塚駅前から徒歩約3分。南大塚通りの南大塚信号先を左に入る。

※この記事は『サライ』本誌2017年1月号より転載しました(取材・文/北吉洋一 撮影/宮地 工)。年齢・肩書き等の情報は取材時のものです。

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