──筋肉も脳も、細胞は休み続けると衰える。

「ですから高齢者を励ます時、これからはこんなふうに声をかけてあげてください。“そっと無理をしてみましょう”と(笑)。同じ意味で、ずっと苦手と思って敬遠してきたことに挑戦するのもよい刺激になります。私は80歳になってから絵を描き始めました。絵筆を握るなんて子供の時以来でしたが、絵を描き始めてから対象物をよく観察するようになり、この世に存在するものの本質的な美しさや個性に気が付きました。

わず嫌いだったものへの挑戦もお勧めです。私、実はお酒をちゃんと飲んだことがありませんでした。女は酒を飲むものではないと育てられてきたものですから。でも、酔うってどんな感じかしらと、やはり80歳を過ぎてから日本酒を口にしてみたのです」

──感想がとても気になります。

「お酒ってなんておいしいお飲み物なのでしょう(笑)。品質が昔よりよくなっていることもあるでしょうが、とてもよい気分になって。こんなに幸せな気分になれるならもっと早く知っていればよかった。お酒を飲むと血管が拡張するので、適量さえ守れば血圧を下げる効果もあります。そんなわけで、今もちびり、ちびりと(量は150cc位)、ひとりで酔い心地を楽しんでおります」

──チャレンジこそ幸福の源泉なのですね。

「やるべきか、やらざるべきか。迷った時はやるほうを選べというのは、生涯を弱者救済と教育に捧げてきた清水安三先生が背中で教えてくださったことでもあります。やったことで後悔をすることもありますが、やらなかった後悔はもっと大きい。そっと無理をしながら生きるということは、目標を持ち続けるという意味でもあるのです。ですから50~60代で歳を言い訳にしてはいけません。それは、やろうとしない自分に対する甘えです」

──人生100年時代といわれています。

「最近のニュースではそのようにいわれていますね。長寿化は今よりも進み、100歳で元気な人はそう珍しい存在ではなくなるとか。私も100歳を過ぎて働いているということで、従来よりも取材を受けることが多くなりましたが、気恥ずかしくてたまりません。自分の語っていることにどれほど中身があるのか、過ごしてきた人生の質が問われているような気がしましてね。

そろそろ100歳を特別視するのはやめてはいかがでしょうか。そういう見方は、人生50年といった時代や、60歳定年時代の発想だと思うのです。社会全体が年齢とか働き方に対する意識を大きく変えていかないと、人生100年時代にきちんと向き合っていくことはできないのじゃないかしら」

──長生きしてよかったとお思いですか。

「もちろんです。目標に挑戦し続ける楽しみが増えましたからね。もうひとつよい点は、ある年齢を過ぎると、死というものに対してあまり悩まなくなることです。以前は、自分の死期はわかったほうがよいのか、それとも知らないほうが幸せなのか、とても悩んだものです。それなりの支度というものがありますからね。でも、最近は楽に死ねるならいつでもいいかなと思うようになりました。これだけ生きて、眠るように息を引き取ることができたら、上々の人生だと思いますよ」

●髙橋幸枝(たかはし・さちえ)
大正5年、新潟県生まれ。新潟県立高田高等女学校卒業後、海軍省にタイピストとして勤務。中国・青島の海軍省に転勤したとき清水安三牧師に出会い、その勧めで医師を目指す。昭和24年、医師国家試験に合格。新潟県立高田中央病院、桜美林学園診療所を経て開業医に。昭和41年、神奈川県秦はだ野の 市に内科・精神科の秦はた野の 病院を開設。医療法人社団秦和会理事長。

【髙橋幸枝さんの本】
『そっと無理して、生きてみる』
(髙橋幸枝著、1200円、小学館)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388492

※この記事は『サライ』本誌2017年12月号より転載しました。肩書き等の情報は取材時のものです。(取材・文/矢島裕紀彦 撮影/宮地 工)

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