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「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」(太宰治)【漱石と明治人のことば252】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね」
--太宰治

太宰治は明治42年(1909)6月生まれ。『走れメロス』の発表は雑誌『新潮』の昭和15年(1940)5月号だから、太宰30歳のときの作品である。古代ギリシアの伝承をもとにした、正義と友情の物語。この小説が生まれた背景には、次のような太宰の実体験もヒントになっていたという。

昭和11年(1936)の師走、太宰は熱海の旅館で仕事をしていたが、手持ちの金が底をついてしまった。太宰の妻は、太宰の親友である作家の檀一雄に金を託し、熱海に向かってもらった。

ところが、太宰と檀は顔を合わせると、嬉しいやら、照れくさいやらで、じっとしていられない。居酒屋や遊女屋へ繰り出して、酒を飲んではドンチャン騒ぎ。檀の持参した金はたちまちのうちに使い果たし、かえって借金がふくらんでしまった。やむなく、檀が人質となって熱海に残り、太宰は金策のため帰京する。

なにやら落語めいた話である。

「すぐに戻る」と言い置いて出ていった太宰だが、2日経ち、3日経っても戻ってこない。やがて5日が経過した。しびれを切らした檀は、とうとう借金取り同伴で、太宰を探すため東京へ向かう仕儀となった。いわゆる「ウマ付き」というやつだ。

東京に戻った檀は、やがて太宰を探し当てる。そのとき太宰はなんと、自宅アパートからほど近い荻窪の井伏鱒二の家で悠々と(檀にはそう見えた)将棋を指していた。

借金取りの手前もあり、檀は激昂し問い詰める。太宰は指がふるえて持っていた駒を盤の上に落とし、顔面も蒼白となった。そこで将棋盤を挟んで太宰と向き合っていた井伏が、

「檀君、一体どうしたんだい?」

怪訝な顔で質すのに対し、借金取りがまくしたてる。井伏がそれをとりなし、なんとかひと心地ついたとき、太宰が呟いたのが掲出のことばだった。

この体験がひとつのヒントになって、後年『走れメロス』が紡がれることになった、というのである。

「待つ身がつらいか、待たせる身がつらいか」とは、なるほど、太宰らしい視点だった。

一見、相手を待たせて迷惑をかけている側も、胸の内は激しく身悶えている。太宰はそう言いたいのだ。ものごとや人間の心理には、逆説的な奥深い襞(ひだ)のあることを、このことばは教えてくれている。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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