選評/林田直樹(音楽ジャーナリスト)
地方色が豊かだということは、同時に普遍的な価値を持ち得るということだ。たとえばマリア・デル・マール・ボネットの歌がそうである。
カタルーニャ語の文化を背景とし、マジョルカ島に生まれた彼女は、音楽生活50周年を迎える地中海の伝説的歌姫として、世界に知られる。
最新作『ウルトラマール』は、彼女が長年あこがれてきたキューバで録音されている。キューバ民謡をカタルーニャ語に訳して歌ったり、マジョルカ島の伝承曲をキューバ風に編曲するなど、伝統の混合が面白い。
それでも揺るぎないものを感じさせるのは、マリア・デル・マールの歌の力だろう。独特の声の震えに、土の香りと哀愁がある。言葉の意味はわからなくとも、カタルーニャ語の歌の抑揚は、心に深く沁みる。
翻訳とは、文学においても音楽においても、決して妥協ではない。新たな価値を生み出す母胎となる。それを実感させる1枚である。(試聴はこちらから)
【今日の一枚】
『ウルトラマール』
マリア・デル・マール・ボネット(歌)
2016年録音
発売/アオラコーポレーション
電話:03・5336・6957
商品番号/BNSCD-8938
販売価格/3000円
写真・文/林田直樹
音楽ジャーナリスト。1963年生まれ。慶應義塾大学卒業後、音楽之友社を経て独立。著書に『クラシック新定番100人100曲』他がある。『サライ』本誌ではCDレビュー欄「今月の3枚」の選盤および執筆を担当。インターネットラジオ曲「OTTAVA」(http://ottava.jp/)では音楽番組「OTTAVA Salone」のパーソナリティを務め、世界の最新の音楽情報から、歴史的な音源の紹介まで、クラシック音楽の奥深さを伝えている(毎週金18:00~22:00放送)
※この記事は『サライ』本誌2017年10月号のCDレビュー欄「今月の3枚」からの転載です。