今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

今日のことば】
「人間のプライドの窮極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか」
--太宰治

太宰治というと昭和の作家というイメージが強い。活躍期からして実際そうなのだが、生まれは明治42年(1909)。幼時に、明治という時代を呼吸している。

太宰は、夏目漱石の愛弟子である芥川龍之介に憧れていた。弘前高校時代、青森公会堂で催された芥川の講演会に行き、和装にセルの袴をはいて壇上に立ったその姿に魅せられ、「文士というものは、ああでなければいけない」と感嘆の声をもらしたこともあった。

創設まもない芥川賞の候補にあげられ、選考委員の佐藤春夫に、「芥川賞をもらえば、私は人の情に泣くでしょう。そうして、どんな苦しみとも戦って、生きて行けます」などと手紙で訴えたのも、「芥川」という名前が冠された文学賞だからこそ、という思い入れがあったのだろう。

今回のことばは、昭和15年、31歳の頃に書かれた『東京八景』の中に綴られたもの。いかにも、傷ついたナイーブな魂を抱いて人生を駆け抜けた太宰らしい言い回しである。

「艱難(かんなん)汝を玉にす」という、古くからの俚諺を思い出す。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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