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日本名城画集成|伝説の城郭画家による「名城画」の集大成

荻原一青・画『江州彦根城図』

文/編集部

昭和中期に活躍した伝説の城郭画家・荻原一青(おぎはら・いっせい、1908~75)画伯をご存じだろうか。

兵庫県尼崎市に生まれ、友禅画家から城郭画家に転じた荻原画伯は、生涯にわたって、綿密な考証と現地調査に基づく美しく精密な復元鳥瞰図を多数残した。天守はもとより、櫓、御殿、松の木、城下の住宅までもが、細密に描きこまれた名城画の数々は、どれも驚くべきものである。

荻原画伯の城郭画への情熱は、故郷・尼崎にあった「尼崎城」の復元画から始まった。その旧観復元のためには、日本中の城郭と城下町を知らなければならないと考えた画伯は、一念発起、全国の城めぐりの旅を始めるとともに、各地の城郭の復元データの収集を始めた。

そんな画伯を悲劇が襲う。昭和20年6月、尼崎空襲で、収集した城郭資料、約百点の城郭画、そして妻子・家財をすべて同時に失ってしまったのだ。失意のどん底に突き落とされた画伯の心の支えとなったのが、城郭画を描くことだった。日雇い労働者として働きつつ、旅費を貯めては全国の城を訪ね、城郭風景を描き、ふたたび復元資料を集め始めた。

荻原画伯の城郭画が広く知られるようになったのは、昭和34年、東京池袋の百貨店での展覧会であった。その後も城郭画を描き続け、昭和50年に、109城・180点の膨大な城郭画を残して生涯を閉じた。

今回は、そんな荻原画伯が残した城郭画すべてを収録している『日本名城画集成』(小学館)から、画伯が残した名城画をいくつかご紹介しよう。

 

■1:会津若松城(福島県会津若松市)

蒲生、上杉などの武将が居城とした、奥羽を押さえる最大拠点の大城郭。古くは黒川城、黒川之舘とも呼ばれ、鶴ヶ城の雅称もある。戊辰戦争では天守に大砲などが撃ち込まれ、戦後に取り壊された。荻原画伯は、蒲生氏時代の若松城を北側上空より鳥瞰した図を描いた。

 

■2:江戸城(東京都千代田区)

将軍家の本城として幕府の威信をかけて築かれた、日本最大規模の城。家康、秀忠、家光の三代にわたり整備されたが、1657年(明暦3)に大天守が焼失、1863年(文久3)に本丸と二の丸が全焼した。荻原画伯は、文久3年までの景観に大天守を加えた想像図として鳥瞰図を描いた。

 

■3:上田城(長野県上田市)

関ヶ原の戦いの際、徳川家康・秀忠の親子を翻弄した知将・真田昌幸の居城。ただ真田氏時代の城の姿は一切不明なため、荻原画伯が描いたのは関ヶ原の戦い後に仙石忠政が入って寛永年間に再築された上田城の姿である。

 

■4:彦根城(滋賀県彦根市)

琵琶湖畔の金亀山に築かれた、徳川四天王・井伊家の国宝天守。荻原画伯は、廃城前の彦根城を南から鳥瞰した復元図を描いた。

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