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「漫画には筆者の心が鏡のように映るものである」(北沢楽天)【漱石と明治人のことば137】

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今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「意地の悪い人は、意地の悪い漫画が出来る。漫画は筆者の心が鏡のように映るものである。可恐(おそるべし)可慎(つつしむべし)」
--北沢楽天

北沢楽天は明治9年(1876)生まれ。神田錦華小学校時代から図画が得意。小学校を卒えると絵画研究所「大幸館」で腕を磨き、さらに横須賀の日本画家・井上春瑞に師事した。

福沢諭吉との出会いが運命の転機。その資質を見抜いた福沢の勧めで、楽天は横浜の英文雑誌『ボックス・オブ・キューリオス』の編集部の社員となり、オーストラリア人漫画家フランク・ナンケベルから洋風の漫画技法を学んだ。

その後、福沢諭吉の招きで時事新報入り。絵画部を任されて政治諷刺漫画を描く傍ら、同紙の日曜付録『時事漫画』に『田吾作木兵衛』を描いた。これが日本初の連載漫画といわれる。

時事新報に籍を置きながら、より自由な表現を求めて創刊した漫画雑誌『東京パック』の発行部数は、当時としては異例の10数万部を記録したという。

一方で、多くの後進も育てた。

上に掲げたのは、そんな北沢楽天が『漫画を志す人達へ』という一文の中に綴ったことば。描かれた漫画作品には、自ずと作者の顔が覗く。作者の胸の中に妙な蟠(わだかま)りや曇りのようなものがあると、出来上がる漫画にも濁りが出てしまう。その場では多少面白がられても、ただ底意地が悪いだけでは長続きしない。そういう意味だろう。

同じ文章の中に、楽天はこうも記している。

「漫画を描くに当っては誇張、空想、剔抉(てきけつ)、比喩、機智(ウィット)、連想等を縦横に発揮すべきであるが、最も大切なことは天空海闊、極めて明朗な気持ちで描くことを忘れてはならない」

漫画家たる者、つねにアンテナを張って、世の中の動きや人間観察を怠らず、その素材を想像力を駆使してさまざまに料理していかねばならない。そして、描く際には、何より「天空海闊」と「明朗な気持ち」とを大切にしなければならない、というのである。漫画のみならず、何かを表現し発信しようとする時には、通ずることだろう。

ふと思い出す。太宰治が第1回の芥川賞候補に上げられながら、受賞を取り逃がしたとき、選考委員・川端康成の評の中にこんな一節があった。

「私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾(うら)みがあった」

太宰は随分と反発し噛みついたけれど、川端はあの鋭く大きな目で、紙背に映る作者の暮らしまでを凝視していたのだろう。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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