今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「僕は無学だから何でも知っている」
--松下幸之助

松下幸之助は明治27年(1894)和歌山の生まれ。父親が米相場に失敗したため小学校を中退。丁稚奉公から叩き上げて松下電器を中心とする松下グループを築き上げた。「経営の神様」とも呼ばれた。

教育に毒されなかった自らの履歴を誇りとするところがあり、上に掲げたようなことばを口にし、胸を張っていた。なかなか奥深いもの言いである。

その延長で「東大廃止論」をぶち上げたこともあった。型にはめられた、いわゆるエリートなどというものを、無条件には信用していなかったのであろう。確かに、「水道水の如く物資を大量かつ廉価で提供することに産業人の使命がある」とする独自の「水道哲学」なども、既成の学校教育からは生まれなかったものだろう。

ふと、夏目漱石が門弟の野上豊一郎への手紙の中にこう綴っていたことを思い出す。

「頻年(ひんねん)、大学生の意気妙に衰えて俗に赴くよう見うけられ候。大学は月給とりをこしらえて、それで威張っているところのように存じられ候。月給は必要に候えども、月給以外に何にもなきものどもごろごろして毎年赤門を出で来るは、教授連の名誉これに過ぎずと存じ候」(明治40年3月23日付)

漱石の時代からすでに、東京帝国大学のあり方、学生の態度には、問題点が散見していたのである。

松下電器は平成20年(2008)10月、パナソニックに社名変更した。松下一族の名が経営トップの座から消え、ついには社名からも消滅したわけだ。

思えば、生前の松下幸之助は著書『道は明日に』の中でこんなふうに語っていた。

「僕は人生とは『生成発展』、つまり『日々新た』の姿であると考えています。(略)人間が生まれ死んでいくという一つの事象は、人間の生成発展の姿なのです。生も発展なら死も発展です。生まれた者に祝杯を、死者にもまた祝杯を、といわなければなりません」

このことばは、人間の生涯だけでなく、会社組織のありようにも当てはまるものなのかもしれない。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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