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ベルギーのメッヒェレンにある「聖ロンバウツ大聖堂」

文・写真/内野三菜子

ヨーロッパの街並みを歩いている時に、どこからともなく聞こえてくる鐘の音は、格別に旅情を誘うものである。ところがこの鐘、定時に鳴る鐘とは別に、時々旋律を奏でている場合があるのをご存知だろうか。

運良くそういう鐘の音に出会われたことのある方も、いるかもしれない。メロディが奏でられる鐘楼の多くはオルゴールのような自動演奏であるが、実はその中に、手動で演奏できるものがある。

人の手で演奏できる鐘、それも音階をなしているものが「カリヨン」と呼ばれている。れっきとした楽器である。塔そのものが楽器、という扱いになるので、世界最大の楽器であることは間違いない。

メッヒェレンの「聖ロンバウツ大聖堂」の鐘楼にもカリヨンが設置されている。この巨大な塔全体が楽器というわけだ。

メッヒェレンにある「聖ロンバウツ大聖堂」のカリヨンの鐘

鐘を鳴らすというと、紐を引っ張ると思われることが多いが、カリヨンはそうではない。鐘の“内側に”打つ部分が付いていて(これが日本の寺院の釣鐘のように外から撞くものとの大きな違いである)、それがピアノの鍵盤と同じように並べられた「バトン」と呼ばれる木の棒に、ワイヤーで接続されている。

そして階下の演奏室で演奏者が握りこぶしを作ってバトンを押し鳴らすと、階上の鐘楼から鐘が響くという仕組みになっているのだ。

古いカリヨン(南教会)

アムステルダム南教会のカリヨン

この装置のおかげで、ある程度細かい旋律を演奏することも可能になっている。最近の演奏家の間ではディズニーの楽曲やレディ・ガガの曲のアレンジすらも演奏されることがあるが、紐を引っ張る形式で鐘から鐘へと移動して鳴らしていたのでは、いかに達人といえども構造上演奏不可能だ。

カリヨンを演奏しているところ

メロディまでも奏でられるカリヨン、そもそもは時報の鐘の前に予備として4個程度の鐘が鳴らされていたのが始まりだったとされている。それが鐘の鋳造技術の進歩とともにどんどん華美になり、ついにはメロディを奏でられるようになった。

最初のカリヨンは15世紀末から16世紀初頭に成立したと考えられている。毛織物産業で発展した商業都市が大航海時代を迎え貿易港としてますます富み、豪商たちによる寄進が、豪華な鐘楼の建設やオルガンの建設に惜しみなく注がれた時期でもあった。(その頃の栄華の証が現在に残るのが、いまでは世界遺産「ベルギーとフランスの鐘楼群」として登録されている56の鐘楼である。)

古いカリヨンの原型(アムステルダム西教会)

古いカリヨンの原型(アムステルダム西教会)

メロディを奏でるには調律が必要であるが、世界で最初の「調律されたカリヨン」は1652年にオランダのズトフェンという街にヘモニー兄弟によって設置されたものである。当時の調律は「中全音律」が主だったが、17世紀に入って曲の嗜好が変わると中全音律での演奏は適さなくなり、次第に演奏されなくなってしまった。そして家業で継承されていたカリヨンの鋳造技術も途絶えてしまった。

その後、カリヨンが復活するのは20世紀初頭になってからである。古楽器復興の機運に加え、鋳造技術の向上により、現代の一般的な調律である「平均律」で鋳造された鐘も新しく造られるようになった。

1922年にはベルギーのメッヒェレンという街に王立カリヨン学校が設立され、同時期に北米でも主に大学を中心にカリヨンが建造された。二度の世界大戦を経て、カリヨン曲の新たな可能性を求めた新曲が次々と書かれ、これが現在のレパートリーの一翼を担っている。

長い歴史の中で常に生活の一部であった鐘の音は、人々の暮らしに寄り添うものとして、絶えず時代の流行も取り込みながら今日も佇んでいるのだ。

こんどヨーロッパの街を歩かれる時には、何気ない鐘の音の知られざる歴史にも、思いを馳せてみてはいかがだろうか。

【参考動画】
筆者がカリヨンを演奏しているところの動画。通常は一人で演奏しますがこの動画のように連弾での演奏もしばしば行われる。

文・写真/内野三菜子
東京女子医大卒業後、国内で放射線腫瘍医として研鑽、トロント大学病院で日本人初の臨床フェローとして勤務すると同時にカリヨンに出会い、帰国後も演奏家と臨床医の道を継続。近著「身近な人ががんになったときに役立つ知識」(ダイヤモンド社)

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