「愛の幸福な瞬間、そよ風の楽しさ、明るい朝に散歩して新鮮な空気の香りをかぐこと。こういったことが、人生の中にあるすべての苦しみや努力ほどの価値がないと、誰に言えるだろうか?」
これはドイツ出身のアメリカの社会学者、エーリッヒ・フロムの遺した言葉だが、古今東西の多くの文人や学者にとって、散歩は日々の激務の恰好の憂さ晴らしであり、インスピレーションの源だった。
ドイツ観念論の生みの親、イマヌエル・カントも散歩を愛した。しかも、規則正しく毎日午後4時からきっかり1時間。天気のいい日はもう少し楽しんだとか。あまりにも時間に正確なので、人々はカントの姿を見て時計の針を直したとさえ言われる。
他にもベートーベン、ダーウィン、キルケゴール、チャイコフスキー、フロイト、アインシュタインなど、散歩を日課とした偉人は枚挙に暇がない。『孤独な散歩者の夢想』のルソーもまさに、散歩をしながら名著の構想を練った。
『大いなる遺産』のディケンズも、決まって午後2時から3時間、日に20マイルも歩いたそうだが、ディケンズにとって歩くことは2つの意味があった。
1つは取材。賑わう街の様子を観察するのも商売のうちだった。そしてもう1つは、辛く孤独な執筆作業で募ったイライラを鎮めるガス抜き。そうやって精神の新陳代謝を図ったのだ。
散歩には実際、脳内伝達物質のセロトニンの分泌量を増させ、注意力を高め、アイディアをひらめきやすくする効果がある。そのことは、2015年にスタンフォード大学の研究チームによって科学的にも実証されている。
日本テレビの「ぶらり途中下車」、テレビ朝日の「ちい散歩」に始まる朝のシリーズ、NHKの「ブラタモリ」など、今や散歩番組全盛だが、それにも道理があるのだ。
フロムの言う「人生の苦しみ」から多少は解放され、リタイアライフを楽しむようになっても、つねに創造的でありたいと願っているのが、サライ世代の特徴だろう。
ひとつ、毎日の散歩を習慣とし、体の血の巡りをよくして、脳に思いきり酸素を送り込んでみてはいかがだろう? いつもの家事や趣味をアクティブに変えるような素晴らしい思いつきも、そこから得られるかもしれない。
監修/前刀禎明
文・構成/鈴木隆祐
【参考図書】
『とらわれない発想法 あなたの中に眠っているアイデアが目を覚ます』
(前刀禎明・著、鈴木隆祐・監修、本体1600円+税、日本実業出版社)
http://www.njg.co.jp/book/9784534054609/