今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「木瓜(ぼけ)咲くや漱石拙(せつ)を守るべく」
--夏目漱石
夏目漱石が明治30年(1897)、熊本で英語教師をしていた頃に詠んだ俳句。「拙を守る」とは、目先の利に走らず不器用でも愚直に生きることを意味する。これが、漱石の目指すひとつの生き方だった。
小説『草枕』には、次のような一節もある。
「世間には拙を守るという人がある。この人が来世に生れ変るときっと木瓜(ぼけ)になる。余も木瓜になりたい」
そんな漱石でも、ときには揺れる気持ちもあったかもしれない。金はあるにこしたことはないし、広くて気持ちのいいお屋敷に住みたいと思うこともある。だが、安易にそうした欲得に飛びつけば、心のなかの大切なものを失いかねない。だから、噛みしめるように掲出の句を詠んだ。木瓜はバラ科の落葉低木。春、淡紅色や白色などの花を咲かせる。
稀勢の里が、日本人としては19年ぶりに横綱に昇進した。大関在位31場所、30歳での遅い昇進。聞けば、自他ともに認める不器用な性格で、「やるなら一番厳しいところで磨きたい」と角界一の稽古の厳しさを誇る鳴戸部屋に入門。人に倍する稽古にコツコツと取り組み、現役時代「おしん横綱」といわれた元・隆の里の鳴戸親方をして「あいつには誰にも負けない愚直さがある」と言わしめた。
拙を守り、愚直に稽古に打ち込んだ実りを祝したい。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。