
(提供:嵯峨嵐山文華館)
坂上是則(さかのうえのこれのり)は、9世紀末から10世紀初頭にかけて活躍した歌人です。「坂上」(さかのえの)という名字を聞いて、歴史好きのサライ世代の皆様ならピンとくるかもしれません。
そうです。彼は、平安時代初期に活躍した伝説的な武人、征夷大将軍・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の子孫といわれています。
武門の名家に生まれながら、是則自身は武芸ではなく「和歌」の道で名を残し、三十六歌仙の一人にも数えられています。「武人の家系から、これほど繊細な感性を持つ歌人が生まれた」というギャップ。これこそが歴史の面白さです。
また、是則は和歌だけでなく、蹴鞠(けまり)の名手としても知られていました。
ある時、醍醐天皇の御前で蹴鞠を披露した際、なんと206回も鞠を落とさずに蹴り続けたという記録が残っています。これには天皇も大いに感心をし、絹を与えて褒め称えたそうです。歌とスポーツの両立、現代の私たちも励まされますね。
坂上是則の百人一首「朝ぼらけ~」の全文と現代語訳
朝ぼらけ ありあけの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
【現代語訳】
夜がほんのりと明けはじめる頃、(あたりが白く明るいので)空に残っている有明の月の光かと見間違いそうなほどに、吉野の里には白雪が降り積もっていることだよ。
『小倉百人一首』31番、『古今和歌集』332番に収められています。「朝ぼらけ」とは、夜が明け始めて空がうっすらと明るくなる時間帯のこと。まだ空には「有明の月」(夜明けまで残っている月)がかかっています。是則は、地面に降り積もった真っ白な雪の明るさを、空の月の光と見間違えるほどだと表現しました。
「天にある白い月」と「地にある白い雪」。この二つの「白」が、明け方の薄明かりの中で混ざり合い、天地が一体となったような幻想的な光景を描き出しています。これは単なる風景描写を超え、自然の美しさに心を奪われた瞬間の感動が込められているのです。
特に「吉野の里」という場所の設定が効いています。吉野(現在の奈良県吉野町)は、古くから桜の名所として知られていますが、同時に山深い「雪深い場所」としても認識されていました。都(京都)から離れた山里の静寂さが、この歌の透明感を一層引き立てています。

(提供:嵯峨嵐山文華館)
坂上是則が詠んだ有名な和歌は?
三十六歌仙にも選ばれている坂上是則の他の歌をご紹介します。

み吉野の 山の白雪 つもるらし 古里さむく なりまさるなり
【現代語訳】
吉野の山では雪が積もっているに違いない。ふるさと(自分のいる馴染みの地)ではますます寒さが厳しくなってゆくのを感じる。
『古今和歌集』325番に収められています。「み吉野」は美称を添えた呼び方で、吉野を特別な場所としています。「つもるらし」は推量で、実景を見た断定ではなく、体感した寒さから吉野の積雪を想像するところに、都にいながら名所へ心が飛ぶ「歌枕の力」があります。
後半の「ふるさと寒く」は、現代語の「故郷」というより、自分の身近な土地・住みなれた所のニュアンスで捉えると自然です。
坂上是則、ゆかりの地
坂上是則のゆかりの地をご紹介します。
吉野(奈良県)
吉野山の桜は有名ですが、冬の雪景色も格別です。坂上是則が見た「朝ぼらけ」の光景は、現代でも吉野を訪れれば想像することができるでしょう。
特に冬の早朝、雪が降った翌日に吉野を訪れると、千年前の歌人が見た景色に思いを馳せることができます。
最後に
「朝ぼらけ~」の歌を詠んだ坂上是則の「雪の白さを、月の光と見間違える」という感性は、現代の私たちにも通じる美意識です。忙しい日常の中では見過ごしてしまいがちな自然の変化も、古人の言葉を借りることで、急に鮮やかに感じられることがあります。
次に雪が降った朝は、ぜひ空を見上げてみてください。そこには千年前と変わらない、有明の月が淡く輝いているかもしれません。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)
アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp











