美人画の革新者として頭角を現す

寛政3年(1791)、39歳の時に、歌麿は美人画の分野で新境地を開きます。従来の群像的な構図ではなく、女性の顔や上半身を大胆にクローズアップした「大首絵」という形式を確立。一躍人気絵師として脚光を浴びました。寛政5年(1793)、41歳のころには、全身像の作品を再び手がけるようになり、歌麿の画業は最盛期を迎えます。

『婦人相学十躰(ふじんそうがくじったい)』『婦女人相十品(ふじょにんそうじっぽん)』『娘日時計(むすめひどけい)』『歌撰恋之部(かせんこいのぶ)』といった作品群では、女性の理想美を半身像に凝縮しようとする意図から、構図・描線・色彩など表現や技術に洗練された工夫がされました。

『当時全盛美人揃(とうじぜんせいびじんぞろえ)』、『高名美人六家撰(こうめいびじんろっかせん)』では、高島屋おひさ、難波屋おきたなど当時評判の遊女や水茶屋の娘といった実在の人物がモデルとなっており、類型的な美人表現の中にそれぞれの個性を描き分ける手腕を発揮しました。

美人画の域を超え、人物の魅力を引き出すその描写力で、歌麿は当代一の美人画家として浮世絵界に君臨したのです。

『高名美人六家撰』高島ひさ(喜多川歌麿筆)
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

代表作のひとつ『青楼十二時(せいろうじゅうにとき)』では、新吉原に生きる遊女たちの1日を描き出し、その生活の細部までを繊細に表現。フランスの作家エドモン・ゴンクールが、歌麿を「青楼画家(Le peintre des maisons vertes)」と呼んだのも、この作品によるものでした。

青樓十二時 續・辰ノ刻
辰の刻とは、午前8時頃。夜の遅い遊女は朝寝をしていたのかもしれない。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

歌麿の革新的な美人画の数々は、版元・蔦屋重三郎の助言と後援のもとに生まれたものだと考えられています。歌麿の芸術が大きく開花した背景には、蔦重の目利きとしての力量と、美術出版への情熱が大きく影響していたことは間違いないでしょう。

蔦重の死と晩年の変化

人気絶頂にあった歌麿のもとには、蔦屋重三郎をはじめとして、40軒を超える版元から作画の依頼が舞い込みました。脂の乗りきった時期の歌麿は、それらに精力的に応じ、数多くの作品を世に送り出していきます。しかし、やがて量産の影響もあって作風は次第に様式化し、かつての新鮮さや繊細さは少しずつ影をひそめていきます。

そして、寛政9年(1797)、最大の理解者であり、優れた助言者でもあった蔦重が亡くなると、その変化はより顕著になっていくのです。古典的な品格を重んじた蔦重の審美眼に支えられていた時代と比べ、以後の作品には完成度のばらつきが目立ち始めました。他の版元からの依頼が増えたことで、商業的な制作に傾き、作風の乱れや画品の低下を招いたともいわれています。

さらに、享和元年(1801)以降にはその傾向が一層強まり、一部の作品は「二代目歌麿か」と見紛うほど、かつての輝きが感じられないものとなっていきました。晩年の歌麿には、蔦重による支えが失われたとともに、芸術的な充実感までもが遠のいていったのかもしれません。

筆禍事件と最期

文化元年(1804)、豊臣秀吉の逸話を題材にしたとされる錦絵『太閤五妻洛東遊観之図(たいこうごさいらくとうゆうかんのず)』が幕府の忌避に触れ、歌麿は入牢・手鎖(にゅうろう・てぐさり)という重い刑を受け、心身ともに大きな打撃を受けました。

そして、文化3年(1806)9月20日、歌麿は失意のうちにこの世を去ります。法名は釈円了教信士。その生涯は、浮世絵美人画の革新者として、そして表現の限界に挑んだ絵師として、今なお多くの人々に語り継がれています。

『太閤五妻洛東遊観之図』
真ん中に座るのが秀吉、向かって左側が淀殿。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/

まとめ

鳥山石燕の薫陶、蔦屋重三郎との出会い、そして大首絵の創案といった出来事を通して、喜多川歌麿は新たな女性像の描写を切り開いていきました。表現の自由が制限される中でも、美の本質を追求し続けたその姿勢は、今なお多くの人の心を惹きつけてやみません。

※表記の年代と出来事には、諸説あります。

文/菅原喜子(京都メディアライン)
肖像画/もぱ(京都メディアライン)
HP:http://kyotomedialine.com FB

引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『世界大百科事典』(平凡社)
『日本人名大辞典』(講談社)
『国史大辞典』(吉川弘文館)
『朝日日本歴史人物事典』(朝日新聞出版)

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