花の井の力添えの意味を考える
I:ということで、蔦重は、新たにつくる『細見』を「倍売る」という流れになりました。
A:これまでの倍を売る。『初めての大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」歴史おもしろBOOK』もそのくらい売れたらいいのにと思った場面でしたし、蔦重のようにエネルギッシュにいかねばならないと思わされもしました。
I:そんなこんなで、倍売らないといけない『細見』ができあがりました。ところが、たいへんなことになります。なんと刷り直しという展開になるのですが……。
A:刷り直しというのは、出版社編集者の立場からすれば「背筋も凍る」フレーズです。劇中では、その案を出したのは花の井(演・小芝風花)。自分が五代目の「瀬川」という名跡を継いで、その情報を蔦重の『細見』の目玉にしたいという衝撃的な展開になりました。
I:私がまだ学生のころ、1993年に有名ハリウッドスターのリバー・フェニックスが23歳の若さで急逝しました。その時に、一夜にして雑誌の内容をそうとっかえして作り直したという出版社があったと聞きました……。それくらいの「勝負」をかけても作り直すべきという判断を、花の井の提案で決断したのです。蔦重を見ていて思い出しました。
A:なるほど。
I:蔦重は、重版をつくっていた鱗形屋に「摘発情報」を秘して「実は望んでいた」という思いを長谷川平蔵宣以に吐露していました。今週は、花の井に救われる形になりました。蔦重という男が、窮地を救いたくなる存在だったのかもしれないですが、蔦重の中にそうしたことを望む「ブラックな心」がまったくなかっただろうかと思わされました。
A:なるほど。鱗形屋の秘密を知っていながら黙っていたところもありますからね。もしかしたら、花の井が「瀬川」の名跡を襲名することを表明した時に「渡りに船」と密かに思ったのかもしれませんね。
I:とはいえ蔦重もその分、必ず良い本を作るという強い意志に繋がっていきました。いずれにしても蔦重のエネルギーは相当なものです。
A:これも田沼意次が醸成していた自由闊達な時代の雰囲気のなせる業でしょう。エネルギッシュな蔦重をみていると、私たち大人は、「蔦重のように情熱を持って上昇していこう」という現代の若者たちに自由闊達な空気を提供できているだろうか、と自問自答してしまいます。
I:現代社会は、田沼的雰囲気なのか、それとも松平定信的雰囲気なのか――。よくよく自問してみたいですね。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
