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ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)で長谷川平蔵宣以を演じている歌舞伎俳優の中村隼人さんの取材会が行なわれました。
編集者A(以下A):長谷川平蔵宣以というと、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためがた)という役職での活躍を小説にした池波正太郎先生の『鬼平犯科帳』が絶大な認知度を誇っています。古くからの大河ドラマ、時代劇ファンは、どうしても「鬼平」のイメージに引きずられがちになるかと思いますが、ここは新たな平蔵像を構築してほしいと期待したいですね。
I:吉原で遊興を重ねる、放蕩ぶりが早くも話題になっています。
A:1995年、ちょうど30年前の大河ドラマ『八代将軍吉宗』を思い出します。当時、吉宗といえば、1978年からスタートした『暴れん坊将軍』の松平健さんのイメージが圧倒的でした。ところがNHKは、その吉宗役にふくよかだった西田敏行さんをキャスティング。江戸中期という「大河ドラマ不毛の時代」ということもあり、いったいどうなることかと心配されましたが、ジェームス三木さんの絶妙な脚本や西田敏行さんはじめキャストの活躍で大ヒット作となりました。
I:あれから30年なんですね。私はまだ学生で、海外にいたのでリアルタイムでは見てないんですよね。確かに、平蔵=鬼平のイメージをいい意味で覆す絶好のタイミングということですね。中村隼人さんは、美しい顔立ちや醸し出す雰囲気、所作からも歌舞伎界のプリンスといわれていますし、時代劇ファンの間でも『大富豪同心』の八巻卯之吉役で絶大な支持を得ています。さて、前置きが長くなりましたが、中村隼人さんのお話をどうぞ。まずは、平蔵のイメージについてです。
やはり平蔵というと、二代目中村吉右衛門さんが演じられた「鬼平」のイメージが強いですよね。過去にも僕の大叔父の萬屋錦之介も1シーズンだけ「鬼平」を演じていました。僕自身はほとんど吉右衛門さんが演じておられるのを再放送で拝見していたという感じで、僕の中での平蔵は吉右衛門さんが演じる男くさくて、男の色気のある平蔵のイメージがありました。
I:実は、中村隼人さんが、ドラマを見る上で、「おっ」と思わせてくれるエピソードを語ってくれました。こめかみから一筋垂れてくる髪の束のことを「シケ」というのですが、第6回で、鱗形屋孫兵衛(演・片岡愛之助)の店先に乗りこんで、取り締まりを始める際に、いつもは垂らしている「シケ」をしまっているんですよね。
「シケ」には基本的に「色ジケ」か「乱れジケ」があります。「乱れジケ」というのはいわゆる、捕まって牢屋なんかに入れられていて、何日も髪の毛を直せないでいると、ぱらぱらっと出てきちゃうもの。「色ジケ」は、最近も若いアイドルなんかが前髪の一部を垂らしたりしますが、つまりわざと出すものなんですよ。普段はきっちりしている髪をちょっと垂らすことによって色っぽくなる効果を狙っているんです。今回の平蔵は「色ジケ」を出しているんですね。和ものの舞台やミュージカルなんかだと「シケ」っていうのはけっこうつきものですが、映像でやるっていうのは、『べらぼう』の床山さんも初めてだっておっしゃっていました。僕なんかは、髪の毛がここに垂れているっていうのはカツラではよくあることなので違和感はなかったんですが、やっぱり映像を通すと違和感がありますよね、何やってんだコイツはっていう。気付かれた方も多かったかもしれませんが、仕事の時はシケをしまっているんですよ。え、平蔵どうした? っていうつっこみがお茶の間からも欲しい場面です(笑)。
I:なるほど。こういう舞台裏を聞くと、その場面を何度も見返してみたくなりますね。中村隼人さんは、さらに熱く語ってくれました。
やる時はやるんだぞ、遊んでるけど、仕事はきっちりできるんだぞ、っていうところを髪型でも表現したという感じです。今回の平蔵はわりとダメダメに見えるんですが、仕事ができないという描写はどこにも書かれていないんですね。むしろ、他の人よりもやる気があって、行動力がある人物ではないかと。きっと仕事になると頭も意外ときれるっていう、そういったギャップをお見せできたらなと思うし、そのギャップがあるからこそ、プライベートでの精神面を成長させると、しっかりした平蔵になるという風につなげていきたいなと思います。あれで仕事ができなかったら、どうやって成長させてもかっこいい平蔵にまでいかないと思うんですよね。だからそこは成長させる余白として残しておこうと思ってやっています。
A:「シケ」が思いのほか奥が深いことがわかってきました。
シケを吹いたり触ったりしている時点で、普通の人物じゃないなっていうのはわかると思うんですよ。非常にナルシストなんですね。そういうところも見ていただきたいなと。僕も芝居をする上で、嫌味なのは嫌ですけど、嫌味になりすぎていると逆に笑えてくるみたいなところがあるじゃないですか。かっこつけてると、わ、何この人、だけど、かっこつけ過ぎていると、おもしろいねっていう風になる。そういうところを狙えるようになったのはすごく大きかったですね。「シケ」を作るのに、鬢付け油をまわしてるんですよ。鬢付け油をまわさないとあんな束に固まらないので。「シケ」の長さと、油の量とか研究しました(笑)。床山さんと、ミリ単位で調整していって、油もつけすぎてもダメだし、油が全然ついていないとダメだしっていうのをやってましたね。
背中で見せるタイプ
I:さて、中村隼人さんは、『べらぼう』の主人公蔦屋重三郎を演じる横浜流星さんのことも語ってくれました。大河ドラマで主演を張ることは、「座長」として現場を牽引する役割も担うことを記者に問われての答えになります。
蔦重っていう役は非常に明るく、ムードメーカー的なところがありますよね。ただ、横浜流星くんは、本当にもの静かな性質の人間なので、蔦重を演じることで心にかかる負荷っていうのはものすごいと思うんです。しかもこれだけ大変な撮影日程で、すごい大先輩方と共演している。本当にもう、想像を絶するようなストレスやプレッシャーを感じていると思うんですよ。でも、そういうのを周りに感じさせないような性格でもあります。彼は周りに声をかけてひっぱっていくよりは、自分の芝居を見せて引っ張っていく役者さんなのかなと思います。本当に1回1回、後悔のないようにって彼もずっといっているけど、1カット1カット、1シーン1シーンに臨んでいる姿を見て、ああやっぱりすごいなって思っていますね。これだけ主演がきっちり、ぐっとやってきたら、こっちも負けてられないよって、ぴりっとしますよね。役者のライバル心というか、そういうのをくすぐったりするところが彼は非常にうまいなと思いますね。
I:背中でみせる――。なんだか胸熱になるお話ですね。
八巻卯之吉役から学んだこと
I:さて、ここで時代劇ファン待望のエピソードについても語っていただきました。
A:2019年にスタートしたBS時代劇『大富豪同心』は、シーズン3まで展開されて昨年末にもスペシャルが放送されました。祖父が札差という「大富豪」で、孫の卯之吉のために同心の株を購入して、卯之吉が同心として、市中の治安を守っていく、という物語です。
『大富豪同心』での経験が今回の『べらぼう』で生きているところといえば、必ずあると思います。『大富豪同心』と『べらぼう』は撮影クルーがけっこう一緒なんですよ。スタッフさんが大河ドラマの方と同じだから、スタッフさんの空気に助けられる部分っていうのももちろんありましたし、『大富豪同心』で映像の見せ方みたいなものをすごく勉強させてもらったなと思っています。実は、『べらぼう』の放送開始のタイミングで、歌舞伎座で『大富豪同心』を上演させていただきました(1月2日~26日)。ですから、楽屋で、これはどっち(平蔵なのか八巻卯之吉なのか)が出てるんだ、とか先輩方にいろいろいじられました(笑)。時代劇って最近、NHKくらいしかやってくださるところがなくなって、どんどんこう、規模が縮小している中で、それでも愛して見てくださっている方々がいるなっていう思いはすごくありましたね。
A:いじられるほど、同輩や先輩方に愛されているキャラクターなのだろうということが推察されますし、実際に中村隼人さんのご贔屓さんの間では、その人柄の良さは折り紙つきだそうですよ。かくいう私も「八巻卯之吉」のファンなのですが(笑)。
「カモ平事件帳」がみたい!
I:中村隼人さんのお話の端々に「歌舞伎の楽屋でのお話」が挿入されていたことが印象的でした。「中村隼人さんは愛されキャラ」というのをよく耳にするのですが、その評は正しいんだなって思わされました。
A:という流れで飛び出したのが、「カモ平」のエピソードです。吉原で遊び惚ける平蔵が、花魁花の井(演・小芝風花)から頼まれて、五十両もの大金を融通したことに由来しているんですね。
実は、2月に歌舞伎座で蔦屋重三郎が主役の歌舞伎に出演させていただきます。稽古中に(六代目中村)勘九郎さんが「今日はカモ平のおごりだ!」っていうんです。みんな『べらぼう』を見ているからわかっているんですが、僕だけわかってなくて、「カモ平? カモ平ってなんですか?」って聞いたら、「お前だよ!」っていわれたんです。歌舞伎の楽屋の中では「カモ平」っていうのが浸透し始めているようで、僕的には非常にびっくりしているんです。
A:1月の『大富豪同心』に続いて、歌舞伎座の「猿若祭二月大歌舞伎」で中村勘九郎さんが蔦屋重三郎を演じる『きらら浮世伝』が上演されているのです。中村隼人さんも喜多川歌麿役で出演されています。さて、中村隼人さんの話の続きをどうぞ。
『べらぼう』は少し内容的に重たい作品、特に前半戦はちょっと重たいので、ちょっとでも視聴者の方が肩の力を抜いて、「またカモ平が現れた(笑)」じゃないけど、そんな風に思ってもらえたら、僕の中では成功だと思います。その「カモ平」がどう立派になっていくのかというのを、楽しみにしてもらいたいなと思っています。
A:なんだか、「カモ平事件帳」というスピンオフが見たくなってきますね。
I:あ、それ私も見たいです(笑)。
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●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり
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