『ころんで、笑って、還暦じたく』を上梓した料理家・エッセイストの山脇りこさん。還暦を前に50代で何を考え、何をなすべきか。還暦後の人生をポジティブにとらえるために、ひとりになって自分を見つめ直すことが大切と山脇さんは話します。
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――この著書では、お母さまに対する賛歌のようなエピソードも書かれています。
「私は母を亡くして、本当に後悔することばかりで。いまだに、毎日謝っています。色々な親子関係があると思いますが、親との別れは50代、60代の最大の試練ではないでしょうか。それこそ“還暦じたく”。自分もいつかその立場になるのだし、身近で老いをみることにもなります。母が元気なうちに、感謝を伝え、絶賛するべきだったと、とにかく今はそれだけを思っています」
――親に限らず、夫婦や他人に対しても褒めた方がいいのかもしれません。
「私も夫のことを褒めてはいなかったと思います。私はひとりっ子だし、老後は夫がある意味最後の家族になるかもしれない。どんなささいなことでも、今のうちに褒めておかないと(笑)。何かを指摘することも大事だけれど、機嫌よくなれる方向にポジティブに変換する。そういうコミュニケーションを考え直すところから自分も変わっていって、お互いがハッピーになれるのではと思います」
――友達に対してもそうですね。でも友達はたくさんいる必要はないと書かれています。
「多くても少なくても、なんならいなくても、その人にとっていい状態ならそれがいちばんだと思うようになりました。相手も自分も機嫌よく、気持ちよく会える人と過ごしたいので、さびしさを予防する群れをつくるのもやめました。50代にもなれば、傷ついたりショックだったりすることからはさっさと逃げてきていいんです。だから友達はひとりでもいいし、場合によってはいなくてもいいのかも」
ひとり旅は“自分とのふたり旅”でもある
――それで旅する極意もひとり旅ということでしょうか。
「ひとり旅は、じつは“私とふたり旅”なんです。ひとりになることによって、あのときああすればよかったとか、今度こうしようとか、自分の中で考えられたりする。心が凪ぐ、いい時間がとれるのです。号泣することもありますよ。でも、ひとり旅だと過剰に悲しまない。誰かと一緒の旅だと、話を盛っちゃったりして余計に自分を可哀そうにしたり、いつまでも泣いたりしてしまう。ひとりだと、ひとしきり泣いたら終わり。客観的に自分をみつめて解決できて、悲しみも自分でとらえて前向きになれると思います」
――ひとり旅だとどのようなことが変わってきますか。
「例えば、買い物。友達と数名で旅する時の買い物は、お店の人の言っていることをあまりちゃんと聞いていない。それがひとり旅だとお店の人とマンツーマンになるので、丁寧に説明してくれるし、こちらもしっかり集中して話を聞けて、ためになります。美術館に行く時も、ひとりだとじっくりと作品に向き合える。ひとりになって初めて気がつくことって本当に多いと思います。
友達みんなで旅するのも楽しいですが、ひとり一人価値観が違っていたりして、調整が大変。ある人は買い物がメインだったり、ある人は食べることにお金をかけたいとか。だから大人数の時は誰かに全部任せてしまう。でもそうすると、ここに今度ひとりで来てみようと思ったりして(笑)。
夫と旅行することは多いですが、一部別行動をとることで部分ひとり旅、になります。写真家のアラーキーこと荒木経惟さんが、奥様との旅行で別行動して、それぞれが同じ旅のエッセイを書いて1冊にまとめられています。晩ごはんまでそれぞれが好きなことをしているから、同じ旅先が全く違う印象になっていて面白い。ひとり旅が不安な女性の方は、最初は夫婦旅で一部別行動というところから始めるといいかもしれません。
あとは、前乗りですね。自分だけひとりで一日早く現地入りする。あとから家族や友達が来て合流する。そうするとちょっと安心ですよね。移動の交通手段や安心できる宿を選ぶのも大切です」
――ひとり旅でしかできない発見もありますね。
「先日、京都にひとり旅した時、滞在した宿がご近所の老舗をまわるツアーを組んでくれました。そうしたら参加者3名はみなひとり旅の女性客。私もひとりだから参加してみたのですが、誰かと一緒の旅だと参加していなかったかも。今まで何度も京都を訪ねていますが、初めて知る老舗もあって、発見が多かったです」
――50代になったら、“還暦じたく”としてひとり旅に出て自分を見つめ直すことが必要ですね。
「老いは楽しいと謳うような本も多いですが、無理して楽しまなくてもいいと思うんです。すこしだけ前向きになれることが見つけられたらいい、今日も面白かったと思って夜寝られるようなことを毎日みつけていたら、それでいいんじゃないでしょうか。
亡くなった母の枕元でみつけた城山三郎さんのエッセイ『どうせ、あちらへは手ぶらで行く』は示唆に富んでいました。あの城山三郎さんでも、こんなふうに老いを抱えていたのかと驚かされます。私は老いを受け入れるために、母を筆頭に、先人から、老いを学ぼうと思うようになりました。そのあたりも本に書いています。
ちなみに漫画『葬送のフリーレン』は3回読みました。老いること、命に限りがあることは不幸なのか、この物語がもつテーマにも考えさせられることは多いです。
ひとり旅ができなくても、美術館や映画でもひとりで行ってみると、ひとりならではの気づきがあります。若いころに読んだ本も、今読み直すと全く違った印象を持ったりします。そういうことを通じて、還暦を前に自分を見つめ直そうと。そして、丸腰で無防備に還暦、さらには65歳からの高齢者になるのはちょっと不安なので、老いを学び、できそうなことは早めに準備したいなと思って、私なりの備忘録としてこの本を書きました」
取材・文/インディ藤田