木々の緑の彩りが色濃くなってきた公園を散策すると、巣立ちしたばかりのシジュウカラの雛が親鳥に餌をねだる賑やかな声が聞こえてきます。この時期はまさに野鳥たちの子育てシーズンです。
花見の季節を過ぎたソメイヨシノの若葉にたくさんの毛虫が付いているのを見たことがあるかと思います。モンクロシャチホコやオビカレハ、イラガなどの蛾の幼虫ですが、私たち人間にとっては害虫とされています。彼らを狙ってシジュウカラ以外にもムクドリやヤマガラ、イソヒヨドリなどの野鳥が集まり、これらの幼虫を捕食します。野鳥たちは害虫の駆除に多大な貢献をしていると言えます。そして、鳥たちは餌となる昆虫類の数が一年を通じて最も多くなる季節に合わせて繁殖していることが分かります。
公園の巣箱は入居待ち状態
シジュウカラは黒い頭と胸からお腹にかけてネクタイのように見える模様が目印の身近な野鳥。私たち人間がかけた巣箱をもっとも利用する野鳥として知られています。
東京都八王子市の長池公園では、園内に設置された巣箱で毎年シジュウカラやヤマガラが繁殖しており、今年はすでに一組の雛たちが巣立ちました。この巣箱、実はすごい仕掛けがしてあります。
巣箱の一つは公園の管理事務所とビジターセンターの役割を担う建物(長池自然館)の入り口横にあります。巣箱にはカメラと照明器具がセットされていて、中の様子を館内のモニター画面でじっくり観察できる仕組みです。同様の巣箱がもう1つ設置されています。
5月、最初にモニター画面を確認したときには孵化したばかりの羽毛もまばらな雛が7羽確認できました。その10日後に訪れてモニター画面を見ると、羽根がほぼ生え揃い丸々と成長した雛の姿がありました。
この巣箱のライブ展示について、長池公園自然館園長の小林健人さんに伺いました。
「当初(2022年3月)は、もともと巣箱の設置に取り組んでいらっしゃる近隣在住の方が、公園を利用する子どもたちに学びや感動を届けたいと、巣箱の製作からカメラ、モニター展示の配線まで、全て提供していただきました。巣箱の設置時には公園のスタッフも一緒に作業を行いました。その後、設置や展示の継続が決まり、2024年度からは、指定管理者(ひとまちみどり由木)より物品代等の経費を補助しています」
よく見ると、モニターのそばにはカメラを切り替えるダイヤルがあり、居ながらにしてもう1つの巣箱の様子も観察できてしまう優れものであることが分かります。
シジュウカラは一度の子育てで6〜9羽の雛が巣立つとされています。親鳥が卵を産んで抱卵(温める)する期間は約2週間、さらに孵化してそこから雛が成長し巣立つまでが約2週間と言われています。今回の取材中、タイミングよく巣立ちの瞬間に立ち会うことができました。巣の入り口から飛び立った雛は、初めての飛翔とは思えない力強い羽ばたきで親鳥のもとへ飛んで行きました。
指定管理者(ひとまちみどり由木)の代表団体であるNPOフュージョン長池は、20年以上前から地域の里山の保全活動に取り組んできた団体でもあります。
「巣箱設置後、『巣箱の小鳥の成長を見るのが毎日の日課です!』と仰る来館者も複数おられます。また、小学校の環境学習や公園が主催する『パークキッズレンジャー活動』でも、小鳥の子育ての様子を取り上げ、“生きた学び”として好評です」(園長の小林健人さん)
巣箱をかけて分かること
私たちの身の回りで巣箱を利用する野鳥はシジュウカラのほかにヤマガラやスズメ、ムクドリなどがいます。フクロウも巣箱で繁殖することが知られています。共通するのは、樹洞(木の幹にできた穴)を利用する野鳥だということです。シジュウカラはひっくり返して庭などに放置された植木鉢や錆びて穴ができた街灯の柱などでも繁殖します。
子育て中のシジュウカラは1日に何十匹もの昆虫類を巣箱に運び込みます。シジュウカラひと番(つがい)が繁殖を含めた1年間で蛾の幼虫を約290万匹捕食したデータもあるそうです(※)。タンパク質が豊富な幼虫が、育ち盛りの雛の成長を助けるのです。
普段はなかなか窺い知ることのない野鳥の子育て。その様子を間近に見せてくれる巣箱は、私たちのすぐそばにある大自然の多様な営みに気づかせてくれます。そしてまた、私たちの身の回りには巣箱を利用しない野鳥もたくさん生息しています。ツバメは人家や駅の軒先などに泥と枯草を混ぜて巣を作りますし、エナガはコケとクモの糸などを使ってソメイヨシノの幹の股などにボール状の巣を作ります。
巣箱を利用する野鳥、利用しない野鳥、それぞれに懸命に生きる命のドラマがあるのです。そして、巣箱は子育てに樹洞を利用する野鳥の繁殖を助けます。
長池公園の別の巣箱には、すぐに別のシジュウカラの番が「入居」し、ほかのもう一つの巣箱でも7個のシジュウカラの産卵が確認されたようです。
愛らしくも逞しく生きる野鳥たちの姿を観に、巣箱が設置された初夏の身近な公園に出かけてみませんか。
※出典/『巣箱作りから自然保護へ』(飯田知彦・著/創森社)
文・写真/中村雅和
幼少期から生き物や鉄道に親しむ。プロラボ、住宅地図会社の営業マン、編集プロダクション、バス運転士、自然保護団体職員などを経てフリーの編集者に。