近年、都市公園やニュータウンの緑地などで繁殖する小型の猛禽類がいます。オスはヒヨドリよりやや大きく赤い瞳が印象的。メスはキジバトと同じくらいの大きさで、お腹に「鷹斑」(たかふ)と呼ばれる鷹の仲間に特徴的に見られる縞模様があります。これが日本でいちばん小さな猛禽類「ツミ」です。

獲物を捕らえたツミのオス。赤い虹彩が特徴です。
嘴で枝を折るメス。お腹に褐色の横斑があります。

街路樹で子育て?

東京西部の多摩ニュータウンでは、毎年4月頃にツミのつがいが電線に止まっている姿を見かけるようになります。ほどなくして近隣のケヤキやコナラ、シラカシなどの比較的込み入った枝に営巣します。その場所は、下を人が行き交う遊歩道やバス通り、子供たちが遊ぶ公園など。驚くほど人間の近くに子育ての場所を選んでいることになります。

ツミはオスとメスが協力して巣作りをしますが、面白いことに地面に落ちている枝は決して拾わず、もっぱら生木の細い枝を力任せに嘴でへし折って運んでいきます。これは落ちている枝に付着している雑菌を嫌うからだと言われています。その後、杉の葉を運ぶようになると巣の完成です。杉の葉には殺菌作用があるとされています。じめじめした梅雨時の子育ての場所ですから、理に適った建材選びですね。

長い枝を巣に持ち帰ったメス。

猛禽類のツミは、主に小鳥を主食にしています。体の小さなオスは特に俊敏で、スズメやシジュウカラ、エナガなどの小鳥に音もなく襲いかかって捕らえます。体が大きいメスは、ムクドリやオナガなど大きめの鳥も狙います。オス、メス共にアブラゼミなどの昆虫を捕らえるのも得意です。

5月半ば頃から、巣ではもっぱらメスが卵を温めます。オスはメスのために餌を運んでくると、離れた場所から「ヒヨ、ヒヨ、ヒヨ」と合図。メスはすぐに巣を飛び出して受け取りにいきます。餌をオスから奪うように受け取り、離れた枝に止まって一心に食べる姿が印象的です。そんな様子をしばしば見るにつけ、ツミの夫婦は女性上位なのではと思うことがあります。

メス(左)に獲物のスズメを渡すオス。受け渡しは大体同じ場所で行なわれる。

ツミはオナガのガードマン?

そんなツミのすぐそばで子育てをする鳥がいます。尾が長く、何羽もの群れでグワーッと賑やかに鳴き交わす水色の美しい鳥、オナガです。

オナガはスズメやムクドリより大きな鳥で、カラスの仲間。やはり繁殖期の彼らは、苦手なハシブトガラスなどを遠ざけるために、なんと猛禽類のツミの巣のそばで子育てをすることがあるのです。

ツミは防衛意識の強い鳥で、特に営巣中は巣の周り50mに近づく外敵、特にハシブトガラスなどに対して果敢に威嚇を繰り返します。オナガはこのツミが作る安全圏に「間借り」してちゃっかり子育てをする形をとっているのです。

ただ最近は、都市部のカラスが増えてツミも対応しきれなくなり、この安全圏を当てにするオナガの数も少なくなっているそうです。

ツミの巣のそばで営巣することが知られるオナガ。

ところで、ツミを観察していると、遊歩道を歩く人からこの鳥の名前を訊ねられます。でも「ツミですよ」と答えても大抵は「?」という表情です。タカの仲間なのに「○○タカ」とは呼ばないのでなんとなく腑に落ちないのでしょう。ツミは漢字で「雀鷹」と書きます。この「雀鷹」はもともとメスに付けられた名前で、オスは「悦哉」(エッサイ)と呼ばれました。これは「悦び従う」という意味だそうですが、もともとツミはオス、メス共に鷹狩りに使われていました。特に大きな獲物を狙うメスは重用されていました。いっぽう、小柄なオスは別の種類だとみなされていたようです。

雀鷹と書いてツミ?

話は戻って「雀鷹」ですが、『小学館国語大辞典』『野鳥の名前』(山と渓谷社)によれば、平安時代の辞書である『和名類聚抄』を引用して、「雀鷂」(ツミ)、「須須美多加」(ススミタカ)または「豆美」(ツミ)、との表記があります。同じ属の鷂(ハイタカ)はツミより少し大きな別種で、雀は「小さい」の意。「豆」は小さい、「美」は鳥の名を表す言葉に付く接尾語とのこと。オスとメス共通の名前「ツミ」は、この「豆美」が由来なのでしょう。

ちなみに英名のJapanese Sparrowhawkも、「雀鷹」を意味します。

ツミの抱卵期間はおよそ1か月ほど。梅雨空の下、メスはひたすら卵を温め続けます。そして6月下旬頃、雛が孵化します。樹上の巣の様子は容易に窺えないため、白い産毛をまとった3~5羽の雛が動き回るようになって、初めて孵化したことが分かります。親は交代で獲物を捕りにいきます。観察しているとオス親が直に雛に餌を与えることはなく、捕ってきたスズメなどの餌はメス親に渡しています。雛の成長の早さは毎日観ていても目を見張るほどです。

孵化後、少し成長して巣の上に姿を見せるようになった雛。

雛はあっという間に鷹の姿に

雛は孵化しておよそ20日ほどで巣立ちます。といっても、3週間ほどは巣の周りで、兄弟でケンカをしたり、この時期に羽化するアブラゼミを追いかけたりして狩りを体得していきます。この時期になると、オス親の姿を見かけることはほとんどなくなります。時々、メス親が餌を持ってきても、一羽の雛に餌を与えてすぐにどこかへ飛び去ってしまいます。そして、7月の終わり頃、ツミの一家は営巣地から旅立って行きます。

雛のもとに餌を持って舞い降りたツミのメス 。
仲良く水浴びをする雛の兄弟

ツミが都市部の公園などで繁殖するのは、まだ東京近郊だけのようです。この身近な猛禽類「ツミ」、もしかしたら近所の公園でも繁殖しているかもしれません。「ピーピョピョピョ」という尻下がりの特徴的な鳴き声が聞こえたら、ハト大のツミのメス、またはヒヨドリ大のオスの姿を探してみましょう。

文・写真/中村雅和
幼少期から生き物や鉄道に親しむ。プロラボ、住宅地図会社の営業マン、編集プロダクション、バス運転士、自然保護団体職員などを経てフリーの編集者に。

 

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