文/印南敦史
いつのころからか、「老害」ということばが広く知られるようになった。いうまでもなく、自身の老いに無自覚なまま、周囲の若手を妨げる害悪のこと。あるいは、そういう人を指す場合もある。
いずれにしても、「ああいう老害にはなりたくないよね」というような声を聞く機会も少なくないだけに、「気をつけなければ」と感じている方も多いのではないだろうか?
しかし、具体的にどのような行動を老害と呼ぶのだろうか? 「老害の人」にならないためには、何に気をつければいいのだろうか? そういったことを知るために参考にしたいのが、医学博士である著者による『「老害」の人にならないコツ』(平松類、アスコム)だ。
たとえば興味深いのは、著者が本書のなかで、「次の3つの買い物パターンのうち、老害になっている可能性を最も高く示唆しているのはどれか」と質問を投げかけている点。
1.チラシを逐一チェックして、お買い得な店を選ぶようにしている(そのつど利用する店を変えている)
2.家から離れたところにある、品揃えのいいスーパーやショッピングモールにクルマで買いに行っている
3.家の近所の同じ店を毎回利用している
(本書84ページより)
まず(1)には、細かいことを気にしているような印象がある。そのため、いちいち口出ししてくる老害になりそうだと考えることもできるが、しっかり頭を使っているので、脳の老化は抑えられているかもしれないと考えることもできる。
続く(2)は、交通事故を起こしやすい高齢ドライバーにありがちな行動だとも思える。とはいえ、積極的に遠出をするなど、アクティブに行動するのは悪いことではないだろう。
そして最後の(3)だが、こちらからは新しいことにチャレンジする様子が感じられない。ただし淡々と日常を過ごしている印象があるので、誰かに嫌がられる行動をしているとは思えないかもしれない。
つまりはどれも一長一短なので、どれが答えだったとしても間違っていないような気もするのではないだろうか? しかし質問文にある「老害になっている可能性を最も高く示唆しているもの」という部分を重視すると、結論はひとつに限られるという。さて、おわかりだろうか?
正解は(3)。問題視されるのは、買い物途中で店員さんにクレームをつけるなどの“老害的行動”をとっているか否かではないのだそうだ。
家の近所の同じ店しか利用していないという行動パターンが、加齢による身体変化が著しくなっているかもしれない(すなわち老害化しているかもしれない)ということを示唆している――これが大きな問題なのです。(本書88ページより)
著者によれば、高齢者に「やる気」がなくなる理由は、「人間(とくに高齢者)は変化を好まない」「社会的プレッシャーが減る」「得られるメリットが少ない」の3つ。
高齢者は変化を好まず、子どものためや自分たちの将来のために節約をする必要性が薄れるから、少しでも安い店にこだわらなくても問題なく、だから近所の同じ店を利用する――(3)のパターンは、すべての理由に合致します。(本書89ページより)
また、やる気が出たとしても行動に移すのが難しい3つの理由もあるようだ。それは、「体がスピーディーに動かせなくなる」「時間の進み方が遅く感じるようになる」「体力(持久力)が低下し、病気になりやすくなる」ということ。
歩くのが遅くなったり、体力が低下したりしたら遠くの店に行くのは大変であり、なるべく時間がかからないことを求めるので、近所の同じ店を利用する――(3)のパターンは、こちらについてもすべての理由に合致します。(本書89ページより)
このような理由があるため、(3)のパターンで買い物するようになったら、老害になる“地固め”が完璧にできているといっても過言ではないというのだ。
日常生活を送っていくなかでは、自身が老害になっていることは気づきにくくもある。また、「老いたな」と自覚する機会も限られているかもしれない。しかし、こうした角度から分析していくと、意外にも老害への道を進んでしまっている自分に気づくということもあるようなのだ。
そのため著者は、老害化対策の第一歩は自身の加齢変化に「気づくこと」と、それを「受け入れること」であると強調するのである。
もっといえば、気づくことができていなくても、ほとんどの高齢者にその下地がありますので、自分がすでに老害になっていることを前提に考えたほうがいいということになります。(本書90ページより)
自分が老害になっていると考えることは、なかなか難しくもあるだろう。なぜならそれは、できることなら認めたくないことであるからだ。とはいえ、老害は決して特別なものでも、忌み嫌うようなものでもないと著者は主張している。たしかにそのとおりなのだろうし、だからこそ、現実を受け入れることが大切なのだ。
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。