『源氏物語』の光源氏も晩年はブラックともいえる面を出してきます

竹内:綺麗なままでいきそうな気配もありますが、ブラックな面も見たい気もします。『源氏物語』の光源氏も晩年は、とくに柏木や女三の宮の密通に関わるところではブラックともいえる面を出してきますからね。ドラマの後半戦に向けて注文があるとすれば、まひろさんが、なるほど、だからこそ彼女は『源氏物語』を書けたんだというところをもっと見せてほしいですね。まひろさんは、もっと孤独にならないといけないですね。

A:孤独、ですか。今後のまひろの成長に期待したいですね。

竹内:紫式部という人は、奥深いものを胸に秘めながら、それを人に語ることなく、じっと世の中を見ているような人物だったと思います。『紫式部日記』の中には、『源氏物語』に関わるとされる記述が5か所あります。ひとつは有名な、1008年11月1日の敦成親王(後の後一条天皇)の五十日(いか)の祝いの際に、藤原公任がやってきて、紫式部に「このわたりに若紫やさぶらふ」と戯れかけた記事です。紫式部は「ここに光源氏がいないのに、紫の上がいるはずがない」と心の中で思っていた、と書いていますが、あれも、結局、実際に光源氏はいるはずがないし、紫の上なんているはずがないじゃない、そんなこともわからないの、ということを思いながら言わずにいる、言わないけれど思っている、というもので、心のなかで強烈な違和感を抱いていることがうかがえます。

I:それは、『源氏物語』のそういう読まれ方に対する違和感なんでしょうか。今風にいうと「そうじゃない」みたいな。

竹内:『源氏物語』というものを理解してもらっていない、といった気持ちですかね。道長から、こんな「すきもの」(※)のことを書いたんだから、あなたのことを見逃すような男性はいないんじゃない?と言われた折に、私はそんな「すきもの」じゃないんだと言い返していますけれど、これも結局、『源氏物語』の読まれ方への違和感ですよね。「すきもの」の物語を書いたつもりはない、っていう。

※好色的、あるいは好色的な人。

I:なるほど。

竹内:一条天皇が『源氏物語』を読んで、この人(紫式部)は日本紀をよく読んでいるようだといったことから「日本紀の御局」という呼び名が広がってしまって、それに対して、私がそんな知識をひけらかすはずはないと憤った、という記述もあります。ここには、日本紀、つまり歴史を書いたつもりはない、という、そういう違和感があるように思います。紫式部という人は、『源氏物語』を書くほどに、また、人に読まれるほどに孤独になっていったんじゃないでしょうか。

A:『源氏物語』というのは、光源氏がいろんな女性と恋をした話だとか、わりと軽くとらえられている方が多かったりしますが、実際には、踏み込んで読んでみると、人間の心理の奥底みたいなものがしっかり描かれているということですね。

竹内:はい。あれだけのものを描き出した『源氏物語』の作者は、やはり、ある意味で、おそろしい人だと思います。今後のまひろさんに期待ですね。

A:ところで、ドラマの中では白居易の漢詩がけっこう登場しています。

竹内:たとえば、『源氏物語』の最初の巻である「桐壺」の巻でも白居易の影響が色濃くうかがえます。「桐壺」の巻を読むなら、『長恨歌』(※)は外せない。いや、むしろ『長恨歌』がベースになっているといってもいいですよね。

※唐の詩人白居易による、玄宗皇帝と楊貴妃との愛と悲しみをつづった長編叙事詩。

I:平安時代の文化や美意識は白居易の漢詩への憧れが原点になっている、という話を聞いたことがあります。

竹内:清少納言は、『枕草子』の「木の花は」という章段で、「梨の花」について、最初は気にくわないものだとしながら、『長恨歌』に描かれていることをあげて、それを根拠にしながら、なんてすばらしい花なんだ、と真逆の評価を結論にしています。「桐壺」の巻でも、桐壺更衣の容姿などは具体的に描かれませんが、それは白居易の『長恨歌』をプレテクストにしていて、『長恨歌』の楊貴妃を思わせるようにしているのですね。そのため『源氏物語』の中では具体的に書かなくてもよかったということだと思います。『長恨歌』というものを前提として物語が書かれているのですね。

I:白居易ももっと勉強しなくちゃ、という気持ちになってきました。

「まひろさんにはもっともっと孤独になってもらいたい」と竹内先生。(C)NHK

竹内正彦
昭和38年、長野県生まれ。國學院大學大学院博士課程後期単位取得退学。博士(文学)。群馬県立女子大学専任講師・准教授、フェリス 女学院大学教授などを経て國學院大學文学部日本文学科教授。『源氏物語』を中心とした平安朝文学を専門とする。主な著書に『源氏物語の顕現』『名場面で味わう源氏 物語五十四帖』ほか多数。

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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