数多の精緻な部品が組み合わさり時を刻む──その機構は変わらねど“令和の技術と精度”が息づく、現代日本の機械式の銘品を紹介する。
オリエントスター/M34 F8 デイト RK-BX0003
技術革新とともにとどまることなく進化を続ける国産機械式の現在形
機械式時計と聞いて思い浮かべるのは、ゼンマイと歯車で動く様子かもしれない。動力や伝達といった機構を変えずに、さまざまな技術革新を注ぐのが現代の機械式である。とくに研究開発が著しいのが素材だ。ケースなどの外装に加えて、部品の先進素材化は精度や耐久性にも大きな影響を与える。その代表格が半導体に用いられるシリコンだ。スイス時計ではすでに多用されているが、これを国産で唯一、脱進機のガンギ車に用いたのがオリエントスターである。
ガンギ車はゼンマイがほどける力を制御し、長時間一定に動作し精度を担う。これのシリコン化により、成形精度の向上とともに通常の金属製に比べて重量は3分の1程度となり、動力の損失を減らした。
オリエントスターは、前身である多摩計器が1951年にオリエント時計に社名変更したのに合わせて誕生した。以降、機械式は自社での一貫製造により現在に至る。そこに先進素材をもたらしたのが、2017年に事業統合したセイコーエプソンだ。同社は半導体など電子部品の高い製造技術を持つ。これを転用したのが国産初のシリコン製ガンギ車だ。
流星群に込めた伝統と革新
独自の発想と研究開発によるガンギ車は、精度の安定と60時間という長時間駆動を実現した。ガンギ車自体を表から見ることはできないが、文字盤の12時位置に設けた、駆動時間を表示する扇状の目盛りからは、先進技術を内に秘めた自負が伝わってくるようだ。
美しいブルーの文字盤は、ペルセウス座流星群をイメージする。「時の匠工房」と呼ばれる信州の自社専門部署が手がけ、手彫りの金型による型打模様に、エプソンが開発した光学多層膜技術を用いる。ここにも継承する伝統と革新が息づく。それは機械式とあらためて向き合い、その真価をさらに引き出す挑戦にほかなるまい。
※この記事は『サライ』本誌2024年6月号より転載しました。