受領として地方に赴任することになる宣孝、為時
A:受領(国司)は任国で蓄財に励むのが常だったそうです。そうして蓄えた財で、後には摂関家が絡む寺院建立の際に資金を寄進したともいわれます。ですから国司の蓄財は、それがそのまま摂関家の利益にもなっていたという構図です。そして、ここで名があがった藤原元命、藤原陳忠(南家巨勢麻呂流)がいずれも藤原一族ということも驚きです。
I:すでに劇中では上級貴族の多くが、そして宣孝や為時など中級貴族も藤原一族で藤原だらけ。「藤原氏にあらずば貴族にあらず」の様相を呈しています。さて、そうした地方の民からの上訴に対して、道隆(演・井浦新)は却下する考えを表明しました。それに対して道長(演・柄本佑)は不満を抱きます。私が面白いと思ったのは、道隆が「強く申せば通ると思えば、民はいちいち文句をいうようになりましょう。ゆえにこの上訴は却下」と発言している時の藤原実資(演・秋山竜次)が浮かない顔。道長が「詳しく審議すべきと考えます」といった時は得心した風の顔をしていました。台詞なしの「顔芸」だけで実資の心情を絶妙に表現してくれました。
A:父兼家は屋敷に戻って「民におもねってはいけない」と道長をたしなめますが、道長は「民を虫けらのように切り捨てる政はおかしい」と抗います。この場面を見てふと思いました。劇中では、兼家、道隆が「悪役」のような感じになっていますが、実際はどうだったのでしょう。歴史は勝者によって作られるということもありますから、道長は悪役にはならないですよね。
I:まあ、でも道長はドラマの主人公ですから善玉になりますよね。これこそまさに「歴史的勝者の特権」ということですね。それにしても兼家の言う「真の政とは家の存続」というのは、この時期の上級貴族の考えそのものという感じがしました。
A:ところでここでわざわざ国司の話題を挿入してくるのには理由があると思われます。今後藤原宣孝(演・佐々木蔵之介)もまひろの父藤原為時(演・岸谷五朗)も受領として地方に赴任することになります。宣孝、為時がどんな受領生活を送るのか。ちょっと楽しみですね。
I:宣孝はともかく、清貧のような為時の受領活動がどんなふうに描かれるのか興味深いですね。
A:ところで、前述の「受領は倒るるところに」の藤原陳忠が、落下した峠は美濃と信濃の国境にある神坂峠だといわれています。近接する長野県阿智村に石碑もあるそうです。阿智村というと、戦国時代の武田信玄が亡くなった地ともいわれます。昼神温泉という温泉地でもあるようですし、星空がきれいな場所だそうです。国司のことが話題になりましたから、一度行ってみたいなあと思いました。
I:神坂峠、陳忠落下場所にたどり着けるのですかね?
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり