写真家・畠山直哉さんの新作写真集『津波の木』(https://www.shogakukan.co.jp/books/09682449)が2024年2月28日に発売されました。東日本大震災で特に津波の被害が大きかった三陸地方を取材し、印象的な木々の姿を捉えた写真集です。

そこで、今回はこの『津波の木』について、見どころや魅力を紹介してみたいと思います。

震災後に一変した撮影対象

畠山直哉さんといえば、現代の日本を代表する写真家のひとりとして知られ、現代美術などの展覧会でもおなじみの存在です。石灰石鉱山の発破の瞬間や目線を下げた都市の川の姿など、都市と自然の関わりを理知的な目線で捕らえた独特の作風が高く評価され、『BLAST!』『ライム・ワークス』といった過去作は世界的に高い評価を受けています。

そんな畠山さんがカメラを向ける対象が一変したきっかけが、2011年3月11日に起きた東日本大震災でした。震災直後の津波によって畠山さんの故郷・陸前高田市は壊滅的な被害を受け、生家は流され最愛の母を亡くしてしまいました。その喪失感を乗り越える過程で、畠山さんは「この震災を記録に残す必要がある」と強く感じました。そして、それ以後は陸前高田の震災後の風景に精力的に取り組むようになったのです。

序文では、畠山さんが出会った1本の樹木についてのエピソードが読めます。

そんな折、2017年、畠山さんは陸前高田市内の河原に立つ1本の樹木に出会います。その木は、右半分が枯れてしまい、左半分だけに葉が生い茂った不思議な木でした。気になって調べてみると、津波に運ばれてきた様々な物体によって、その木の高さ2mくらいの位置の海側に面した幹の部分が大きく傷ついていたそうです。損傷した箇所より上の部分に養分が回らなくなった結果、その木は半身だけが枯れてしまったのでした。

まさに、木が震災当時の出来事を完璧に記録してくれていたわけです。

このことに心打たれた畠山さんは、津波の被害を受けたのは陸前高田だけではないことに今さらながら気付き、「こんな木が他の町にもあるかどうか、探しに行きたい」と思うようになりました。震災後、故郷・陸前高田のエリア内で活動を重ねてきた畠山さんが、はじめて「外」の領域に出るきっかけとなったのです。

6年もの間、畠山さんは特に津波の被害が酷かった福島・宮城・岩手の沿岸沿いを訪ね歩き、震災の記憶を残した印象的な木々を撮影し続けてきました。そして2024年2月、ついに1冊の写真集へと結実します。

巻末には、本作に掲載された全カットのサムネイルが一覧できます。

『津波の木』に収められた写真は100点以上。撮りためられた膨大なストックの中から、畠山さんと編集者が厳選したカットを収録しています。

見どころ1:真正面からとらえられた木々の表情

写真のセンターに捕らえられた「津波の木」。

まず、どのページを見ても主役は木です。更地に1本だけ残った巨木、倒れそうになりながらも生き残った木、切り落とされ幹だけになった枯れ木など、様々な木々が映し出されていますが、どの写真も中央に必ず「木」が登場します。

主役である木の存在感が際立つような、絶妙のフレーミング。

一番撮りたいものをど真ん中に置くという、畠山さんの作家性がしっかりと反映されていました。奇をてらった構図を狙うより、撮りたいものをシンプルに中央に据えて、中景や後景も過不足なくフレームに収める。一見簡単そうに思えますが、やってみると非常に難しいものです。本書は、畠山さんが抜群の「眼」をもった写真家であることがわかる、そんな写真集なのです。

見どころ2:記録された復興の兆し

畠山さんは、木々の姿に津波のインパクトを記録するだけでなく、各地域が震災から立ち直ろうとする姿も写真の中に見出しています。

主役である「木」の背景を見ると、作業中のショベルカーや防災ヘルメットを被った作業員の姿、瓦礫が取り除かれ、整地された空き地などが映り込んでいます。

写真の背景にも注目。復興に向かう三陸の今が映し出されています。

また、大規模な土木構造物にも目を奪われます。巨大な防潮堤や、復興後に作られた高速道路、風力発電の風車塔なども映り込んでおり、それらが完璧なフレーミングで収められています。長年、自然と人工物が調和する風景を撮影し続けてきた畠山さんの作家性がここにも現れているといえるでしょう。

黄金色に輝く大地と、青紫色の空模様の対比が面白い1枚。

見どころ3:抜群の印刷品質に支えられた空の美しさ

抜けるような空の美しさも本書の見どころのひとつ。

また、今回の写真集では「木」をテーマにしたことで、その背景に「空」の風景も大きく映し出されることになりました。抜けるような青空から、雲がたなびく夕暮れ、深い霧に包まれた真っ白な空まで、季節や時間、天気によって空には様々な色や表情があることに気付かされます。

刻々と変わりゆく空の表情がとらえられています。

また、こうした微妙な空のニュアンスを紙上で完璧に再現した印刷技術にも驚かされました。編集者の方にお聞きしたところ、紙の選定に始まり、印刷所との打ち合わせ、綿密な色校正など、最高品質の印刷を引き出すため、制作の各ステップで工夫を凝らしているとのことでした。

特に、畠山さんはデジタルカメラを使わないので、印刷原稿は作家の手によるプリントになります。プリントに表現された風景の色合いや質感を紙の上で寸分違わず再現するのは、並大抵の仕事ではできなかったはずです。自分の作品の印刷による再現には特にこだわりをもっている畠山さんも、今回の『津波の木』の品質には自信をもっているそうです。

『津波の木』は、木々が写る風景に、震災の爪痕だけでなく、復興への希望も織り込まれた写真集となりました。写し出された木々を見ると、様々な感情が湧き上がってくることでしょう。

震災後の畠山さんの活動の集大成ともいえる労作です。小学館HP内でためし読みもできますので、チェックしてみてください。(https://shogakukan.tameshiyo.me/9784096824498

畠山直哉『津波の木』

『津波の木』
畠山直哉著・撮
定価:7,700円(税込)
発売日:2024年2月28日
小学館HP:https://www.shogakukan.co.jp/books/09682449
ためし読み:https://shogakukan.tameshiyo.me/9784096824498

文/齋藤久嗣

 

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