神童・那須川天心選手は格闘技界のカリスマだ。
プロ通算46戦46勝無敗。
ただ強いだけでない。
見る者を熱くさせる戦いぶりがカリスマと呼ばれる所以である。
今月、発刊された写真集『那須川天心 ALL OR NOTHING』(小学館)は、そんなカリスマ格闘家の魅力が詰まった一冊だ。
撮影を担当したのは、プロデビュー前から天心選手を追い続けてきた格闘技カメラマンの第一人者である長尾迪氏。
同氏による密着撮り下ろしショットと、数万点の中からセレクトされた秘蔵写真で構成されており、天心選手の格闘家としての熱い生き様が誌面で再現されている。
写真集の発刊を記念して天心選手と長尾氏の対談が実現した。
「相手を倒そうとする闘いの気迫…そういう格闘家の殺気を一枚で伝えられる写真はなかなかない」(天心)
――長尾さんは、天心選手をデビュー前から撮り続けているそうですね。
長尾:そうですね。この写真集にも掲載されていますけど、プロデビュー前のエキシビションマッチから撮影しています。今、当時の写真を見てみても既に“那須川天心”なんですよ。有望なアマチュア選手だとは聞いていて、名前も知っていた。それで、実際はどういう選手なんだろう? ……と思っていたら、一目でファンになってしまった(笑)。入場してきたときの華やかさが他の選手とは違って、「この選手は絶対に来る!」って直感しました。
――写真集には、試合控室での様子など貴重なカットも掲載されていますが、正直、カメラがあることが気になったりしませんでしたか?
天心:気にはならなかったですよ。撮影されているのもわからなかったくらいですからね。それだけ集中していたんだと思います。
長尾:控室でカメラを構えながら、天心君がすごく入り込んでいるのはレンズ越しに伝わってきましたよ。プロ格闘家が本番に向けて、だんだん、集中力を高めていく感じは興味深かったですね。
天心:そうですね。最初から集中しすぎてしまうと、疲れてしまうので……。特に試合前のルーティンはないんですけど、その辺はプロでも50戦近く経験しているので、徐々に徐々に精神を高めていくようにコントロールしています。
長尾:写真集の中で、天心君が一番気に入ったのは、どの一枚ですか?
天心:良い写真ばかりなので、なかなか1点に絞るのは難しいというか……。写真は基本的に、自分が意識した状態で撮ってもらう場合が多いじゃないですか? でも格闘技の試合をしているときの写真というのは完全な意識外……自分ではもう何も意識していない状態ですからね。そういう自分を撮ってもらえたのは、自分でも嬉しく思います。
相手を倒そうとする闘いの気迫のようなもの……そういう格闘家の殺気を一枚で伝えられる写真はなかなかない。その闘いの最高の瞬間を切り取れるカメラマンの方も、なかなかいないと思います。
長尾:いや、そう言ってもらえると光栄です。
天心:会場のお客さんには見えていない表情とか、テレビカメラでは捉えられないような様子とか。僕自身も初めて目にするわけですし、実際にこの写真集を手にしてくれる読者のみなさんにも、楽しんでもらえる内容だと思います。
僕らカメラマンは良い被写体がいないと力を発揮できない(長尾)
――それで、天心選手の自分のお気に入りの一枚というのは……。
天心:あえて挙げるなら、横浜スタジアムでの始球式のシーンですかね(笑)。実は自分は球技が得意じゃないんですよ。実際に始球式での投球もワンバウンドしてしまったんですけど、写真だとカッコよくなっている。さすが撮る人がいいんですね(笑)。
長尾:ありがとう(笑)。
――天心選手は、6月19日『THE MATCH 2022』でキックボクシングでの活動にピリオドを打ち、プロボクシングの世界へ転向されるわけですが、『那須川天心 ALL OR NOTHING』には約8年間のプロ格闘家人生が詰まっていますね。
長尾:先ほども言ったように、プロデビュー前から撮り続けてきましたからね。初めてファインダーに収めたときから魅了されて、ここまで来ましたから。まあ、ここまでビッグになるとは正直、予想できなかったけれど……(笑)。僕としては、天心選手と一緒に時代を歩ませてもらったという感覚かな。これだけの選手をこれだけ長く撮影させてもらったことは、写真家冥利に尽きます。
天心:自分も長尾さんに撮影していただいて嬉しかったです。やっぱり、「格闘技のカメラマンと言えば長尾さん」というくらいの第一人者の方ですからね。今回の写真集も素晴らしい出来だったし、そんな長尾さんの写真を見て「自分も格闘技の写真を撮ってみたい」と思うカメラマンが出てくるかもしれないですよね? 格闘技界を支えているのは選手だけじゃありません。そうやって、格闘技に何かしら携わりたいと思う人が増えて、業界が更に盛り上がればいいなと思っています。
長尾:僕らカメラマンは良い被写体がいないと力を発揮できないから……。カッコいい試合をしてくれないと、カッコいい写真は撮れない。そういう意味では、天心君にそう評価してもらえるのは、本当に名誉だと思います。素直に心から嬉しいです。
■那須川天心(なすかわ・てんしん)
1998年8月18日生まれ。千葉県出身。キックボクサー。TARGET/Cygames所属。幼少期より空手で活躍し、キックボクシングに転向。その非凡な才能から「神童」と呼ばれる。2014年7月、RISEにてKOでプロデビュー戦を飾る。翌年5月、史上最年少16歳でRISEバンタム級のベルトを獲得。以降、RISE世界フェザー級王者、ISKAフリースタイルルール 世界フェザー級王者など、様々なタイトルを獲得。RIZINのリングではMMAルールにも挑戦。2022年6月の試合を最後にキックボクシングから引退し、ボクシングに転向する。
■長尾 迪(ながお・すすむ)
1962年、北海道出身。写真家。日本写真家協会(JPS)会員。UFCやK-1ではオフィシャル・フォトグラファーを務めた、格闘技写真の草分け。著作には『アルティメット』(小学館)、『格闘写真集 FIGHTS』(双葉社)、『那須川天心 フォトブック FLY HIGH』(双葉社)、『初見良昭コレクション忍者刀』(クエスト)など。海外での評価も高く、ブラジルやフランスでも写真集をリリース。2017年1月から、撮影スタジオ『studio f-1 成城』を都内に開設。また「Number Web」にて、ファインダーを通して格闘技を見続けてきた記録を、写真とコラムとして連載中。
6月19日の試合を最後に引退するキックボクサー那須川天心メモリアル写真集『那須川天心 ALL OR NOTHING』発売!!
2014年のプロデビューから2022年4月のキックボクシングの試合までの軌跡を一冊に。試合の写真はもちろん、新たな撮り下ろしカットを加え、キックボクシング時代の那須川天心選手の魅力満載の写真集です。
取材・文/田中周治
写真/長尾 迪、藤岡雅樹(小学館)