セレブな女子会にまひろが参加
I:藤原道長が盗賊だと誤認され、捕縛される場面がありました。道長とほぼ同時期に藤原保輔という藤原南家(なんけ)出身の貴族が盗賊として跋扈していたことが知られていますから、まんざらでもない描写になりました。元よりこの段階では、道長が上級貴族の子弟だとは見ていたまひろにも、捕縛した者たちにもわからないわけですが。
A:1976年の大河ドラマ『風と雲と虹と』でも、盗賊を討ち取って賞賛された平将門(演・加藤剛)が、盗賊の身元が皇族や上級子弟の子息らだと判明した瞬間に非難されるという場面がありました。上流家庭の子息の不良化というのはいつの時代にもあるのだと思います。
I:さて、藤原穆子(演・石野真子)、源倫子(演・黒木華)に赤染衛門(演・凰稀かなめ)のサロンにまひろが参加するという場面が描かれました。左大臣家とまひろの父為時(演・岸谷五朗)が遠い親戚ということでした。
A:具体的にいうと為時の父雅正と藤原穆子がいとこの関係ということになりますから、確かに「遠い親戚」ではあります。ということで、まひろが源倫子の会に参加することになりました。
I:「倫子の集い」って、現代でいう「セレブ女子会」という感じでした。身分の高いセレブの中に入っていくという意味では、人気コミック『花より男子』の牧野つくしとまひろが重なって見えました(笑)。
A:『花より男子』! 名門の人たち、セレブの子弟が通う英徳学園に庶民の牧野つくしが入学するって物語ですね! って、言いたいことはなんとなくわかります。
I:なんとも複雑なのが、源倫子が今後、道長と絡んでくること。この場で詳細は語りませんが、どういうストーリーになるのか、期待したいですね。
雅な貴族の遊びが登場
I:さて、この「セレブ女子会」で行なわれたのが「偏つぎ」。後に紫式部が書くことになる『源氏物語』の中でも触れられている、主に当時の女性たちの遊興です。なかなか趣深く、教養が求められる遊びですよね。劇中では、凰稀かなめさん演じる赤染衛門(あかぞめえもん)が「偏つぎ」を仕切りました。赤染衛門が示した「月」に対してまひろがとった札が「日」で、合せて「明」という字を作りました。
A:「古」を示して「木」をとって「枯」……。なんだか面白そうですね。
I:赤染衛門が大河ドラマに登場する時代がくるとは、ほんとうに感慨深いです。彼女は私の中では恋の歌の名手。ラブストーリーの名手ともいわれる大石静さんのホンに赤染衛門が登場するなんて、それだけでわくわくしてしまいます。
A:ほう。
I:赤染衛門の「やすらはでねなましものをさよふけて かたぶくまでのつきをみしかな」は、小倉百人一首所収ですからなじみ深いと思います。ざっくり意訳すると、「愛しい殿方が訪ねて来ないことを知っていたなら、早くに寝ていたのに、夜が明けるまで月を見ていたじゃないの」というところでしょうか。待つ身の立場の辛さを詠んだ歌ですね。
A:なるほど。昭和後期のテレサ・テンのヒット曲に「私は待つ身の立場でいい」という意味の歌詞(『愛人』1985年)がありましたが、平安中期の人々の歌の意味を学ぶと、1000年経っても人の心は変わらないということを実感します。
あの藤原定家も道長の子孫
A:偏つぎのほかにも「貝合わせ」「双六」「囲碁」さらには「和歌」など、単なる遊びというより社交ですよね。不得手だといたたまれない感じになったと思われますので、ある意味では「鬼門」のような存在でもあったかと思います。こうした教養があるかどうかも、前段のように「品定め」の要素にされたのでしょう。
I:ちなみに現代にも伝わる「小倉百人一首」の草稿は藤原定家の選定ですから、鎌倉時代。かるた要素が加わって庶民に広まるのはずっと後の江戸時代。遊興の歴史にも思いを馳せると面白いですよね。
A:蛇足ですが、源実朝などに和歌を指南した藤原定家は、藤原道長の六男長家の系統で、定家は道長の来孫(孫のひ孫)になります。
I:この「セレブな女子会」では、『古今和歌集』の歌も登場しました。『古今和歌集』は、醍醐天皇の勅命で紀貫之や凡河内躬恒らが撰者となって編纂された初の勅撰和歌集です。『万葉集』に含まれていない古歌から紀貫之らの時代までの和歌が1111首掲載されています。延喜13年(913)もしくはその翌年頃の完成といいますから、紫式部の時代より半世紀以上前ということになります。
みても又またも見まくの欲しければ なるゝを人は厭ふべらなり
(大意:会っても会ってもまた会いたくなるから、あなたは会うのが当たり前になるのを避けているのでしょう)
という詠み人しらずの作と
秋の夜も名のみなりけり逢ふといへば ことぞともなく明けぬるものを
(大意:秋の夜は長いといっても、愛しい人と会っているときにはすぐに明けてしまう)
と詠んだ小野小町の歌が挿入されました。そういえば、女房達が「小町が」「小町は」とおしゃべりしている場面も描かれていましたね。
A:いずれも恋の歌ですね。王朝文化の雅な部分をうまく描いている感じがしますが、そうした部分だけではなく「闇」の部分をもしっかり描いていることにも驚かされます。
I:闇の部分ですか?
A:詮子(演・吉田羊)が、道長の恋の行方に触れた箇所で、「卑しい身の女なぞ、しょせん一時の慰み者。早めに捨てておしまいなさい」と語った部分です。身分の低い者への憐憫のかけらもありません。
I:なるほど。
A:政治の王道を記した『孟子』を学ぶ場面もありましたが、教養として学んでいただけで、現代でいうところの庶民を慈しむ政治などみじんも考えていなかったのがこの時代。一見華やかな王朝時代を描いているようにみせて、闇の部分もしっかり描いているようで、凄いと思います。
I:円融天皇に毒を盛るなど、権力闘争の闇もありますしね。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり