長じて再会した道長(演・柄本佑)とまひろ(演・吉高由里子)。(C)NHK

ライターI(以下I):第1回では、右大臣藤原兼家(演・段田安則)の次男藤原道兼(演・玉置玲央)がまひろ(紫式部/演・吉高由里子)の母・ちやは(演・国仲涼子)を刺殺するという衝撃の展開が話題を呼びました。

編集者A(以下A):物語としてはスリリングな流れになりましたが、当欄では「大博打を打ってきた」と評しました。

I:実際に歴史に詳しい層や研究者からも「触穢(しょくえ)」「死穢(しえ)」の存在を無視しているのではという指摘がSNSなどで展開されました。なるほどとも思いますが、そうした指摘についてどう考えますか?

A:時代考証の専門家がついていますから、そうした声があがるのは、制作陣は折り込み済みのはず。確かに貴族層にとって血の穢れというのは忌避すべき最大のタブーだったのが平安時代。ただ、現代でも常識をはるかに突き抜ける人はいますからね。当時の「常識」を突き抜けるほどに道兼が粗暴だったという設定なのでしょう。

I:なるほど。穢れの概念自体は『日本書紀』『古事記』などにも記されています。もちろんそのすべてが平安貴族に受け継がれているわけではないと思いますが、その一方で、道兼のような悪行を見て、『日本書紀』に記録された武烈天皇のことを思い出しました。

A:「妊婦の腹を裂いて胎児を見た」とか「木に登らせた人を弓で射落とした」など、数多くの悪行が記録されているのですよね。それが史実だったかといえば疑問符がつきますが、高貴な人物がそのような行為に及ぶことはあったのかもしれません。

I:もしかしたら平安時代にも、突き抜けて粗暴な人物がいたのかもしれないというぎりぎりのところに攻め込んできたということですね。この場面を題材にして当時の人々の心象風景に対する議論が深まるといいですね。

A:同じようなことは第2回冒頭で描かれたまひろの「裳着」の儀式の場面にもありました。

I:「裳着」というのは、男子の元服の儀式の女性版ですね。ざっくりいうと「初潮=大人の女性=結婚できますよ」ということを披露する重要な儀式。男子の加冠役は烏帽子親ということで特別な人が行ないますが、裳着の場合は「腰結(こしゆい)」。その役目を、ドラマでは藤原宣孝(演・佐々木蔵之介)が務めたことが印象的に描かれました。

A:「裳着」で「成人女性」と認められた当時の女性たちは、鉄漿(お歯黒)、引眉をほどこすようになるのが普通なのですが、ドラマ内では割愛される形になっているところに注目したいと思います。

I:お歯黒と引眉を厳密に描いたらおどろおどろしくなりますからね。すでにこの時代の風俗を描くのに、そこまで再現しなくてもいいというコンセンサスは得られている感じはします。

A:それを踏まえた上で「触穢」「死穢」について考えてみましょう。この時代の貴族の立場を考察するうえで重要なのが彼らは穢れを忌避する人々だということ。そうした中で、藤原道兼が自ら「血の穢れ」を犯したというのは重大事件ですが、第2回では、父兼家と道兼のやり取りの中で、事件をもみ消したことが示唆されます。

I:つまり「なかったことにした」「穢れも発生しなかった」という解釈ですね。その代わりに手を汚すことを求められているわけですから、当時の貴族は恐ろしい。

A:ということで、ポジティブに議論が深まっていけばいいですね。せっかく円融天皇(演・坂東巳之助)や花山天皇(現時点では師貞親王/演・本郷奏多)など、これまで大河ドラマに登場したことがない人物が登場するわけですから、純粋に楽しんで、この時代が盛り上がったらいいいですね。

女子の成人儀礼をしたまひろ。(C)NHK

代筆業の意図するところは?

代筆業を心の拠り所にしていたまひろ。店の主は三遊亭小遊三師匠が演じる。(C)NHK

I:私が面白い設定だと思ったのは、まひろが代筆業をやっていたことです。

A:和歌を代作したという設定でしたが、すらすらと仮名文字でしたためる様子を見ると、ひらがなの「発明」と普及というのは、日本史の重大案件だなあ、と改めて思いました。

I:漢字のみの万葉仮名って難しいですもんね。劇中の時代で、ひらがなが独立した文字体系になってから100年以上は経っていたでしょうか。「文字の歴史に思いを馳せると感慨深いなあ」という場面になりました。

A:まひろの「雇い主?」の絵師を演じるのが小遊三師匠というのも印象深いですね。ちらっと人物絵も出て来ましたが、相変わらず美術スタッフの方々の緻密な仕事ぶりが垣間見られるクオリティでした。

I:私は、まひろが男性の声色でやり取りする場面にツボりました……(笑)。

A:和歌の話題といえば、まひろが声に出して「人の親の 心は闇にあらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな」の歌を書き写していました。

I:まひろの曾祖父にして中納言、「三十六歌仙」という賢人藤原兼輔の子を持つ親の心情を歌った有名な歌ですね。「子供のことになると、親は道に迷ったようにうろたえるものだ」――。千年の時を経た現在でも胸に響く名歌ですね。

A:『源氏物語』には幾度もこの歌が引用されています。曾祖父兼輔への思慕という感じでしょうか。そして、中納言まで昇った兼輔ですが、孫の為時(演・岸谷五朗)の代にはやや家運が傾いているというのも注目ですよね。

I:まひろの代筆した和歌にも興味が湧きました。

A:完成形で登場した和歌が3首画面に映って、思わず書き留めたのですが、「ちりゆきてまたくる春はながけれど いとしき君にそわばまたなん」「いまやはや風にちりかふ櫻花 たたずむ袖のぬれ もこそすれ」、そして3首目が「寄りてこそそれかとも見めたそかれに ほのぼの見つる花の夕顔」でした。

I:3首目は、『源氏物語』の中で光源氏が夕顔に贈った歌ですね!

A:はい、その通りです。NHKの担当者と書道指導の根本知先生に確認したのですが、最初の2首は芸能考証をされている友吉鶴心さんが今回のために創作された和歌のようです。最後の「夕顔」に出てくる歌がおもしろくて、この時まひろが作った和歌が、ずっと後になってまひろが『源氏物語』を書く時に活用されるという設定みたいなんですよ。

I:こういう細かい伏線というか、おもしろいですね!

左「ちりゆきてまた くる春はながけれど いとしき君に そわばまたな ん」、中「いまやはや 風にちりかふ 櫻花 たたずむ袖のぬれ もこそすれ」、右『源氏物語』「夕顔」より「寄りてこそ それかとも見めたそか れにほのぼの 見つる花の 夕顔」(歌意:近くによってはっきり御覧になったらどうですか。黄昏時にぼんやり見えた夕顔の花を)。(C)NHK

道長と頼朝の「右兵衛権佐」。次ページに続きます

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