文/印南敦史

定年後を極める

「定年後の人生」の生の声『定年後を極める―達人12人のノウハウ&読者71人の痛快体験記』

定年後の人生をどう送るかについては、多くの方が期待と不安を抱いているはずだ。もちろん、やっと定年だということでホッとする部分もあるだろう。しかし、現実的にはセカンドライフへうまく移行できるかという不安のほうが大きいかもしれない。

そんな人の参考になりそうなのが、『定年後を極める―達人12人のノウハウ&読者71人の痛快体験記』(日本経済新聞マネー&ライフ取材班編集、日本経済新聞社)である。

2003年2月に発行された『定年後大全』の続編。資産運用や住まいなどに関する実用情報が中心となっていた同書に対し、同年11月発売のこちらは、シニアの生き方に焦点を当てている。

2部構成になっており、第1部では生き甲斐や家族、恋、おしゃれ、マネープラン、起業など12のテーマについて各界の第一人者にインタビュー。セカンドライフを送る人たちに向けた、大胆でユニークなアドバイスが掲載されている。そして第2部は、「私の定年後」をテーマに日本経済新聞で公募した読者71人の実践記だ。

つまり「定年」について、さまざまな角度からの考察がなされているのである。今回は第1部のなかから、「人生設計」に焦点を当てた部分をピックアップしてみたい。答えているのは、ノンフィクション作家の加藤 仁氏(2009年12月18日に逝去)である。

まず最初に登場するのは、リタイアについての考え方だ。このことについての思いを語るにあたり、氏はまず、サラリーマン時代は我慢と辛抱の連続だっただろうと読者に寄り添っている。

「でもリタイア後はそんな制約から解き放たれる。人生を楽しむには体力・気力・おカネ、時間が必要です。全部そろえば、言うことないけど、若いうちは、体力・気力はあってもおカネや時間が十分にはない。時間やおカネにそこそこ余裕ができると、今度は体力・気力が衰えてくる。なかなか、三つの条件がそろわないものです。いまは定年を迎えても、老後の心配から退職金なんかもなかなか思い切って使えないかもしれませんしね」
「しかしリタイア後、だれにも時間はたっぷりあります。六十歳以降の最大の強みは現役時代には持てなかった時間という資産を存分に使えることです。体力やおカネは平等ではないが、時間は平等にあります。その前提で、生活設計すると面白い」(本書28ページより引用)

リタイア後の人生設計は、早く立てるほどいいと言う。定年後ではなく、定年前から準備するのが望ましいということだ。ただし、焦って浮き足立ち、変な選択はしたくないもの。そんな状態で決めたことをリタイア後に実行に移すと、「こんなはずじゃなかった」ということになってしまいがちだからである。

頭で考えていたことと、手足を使って実際に行動するのとはまったく異なるということ。

たとえば、夫としてはリタイア後に田舎暮らしをしたかったものの、妻の猛反対にあって、あきらめざるを得なくなった人はとても多いのだという。妻を説得して田舎に移り住んでも、結局は田舎になじめず、撤退するケースも少なくないだろう。

「スタートラインからつまずくのは珍しくない。プランニングは大事だけど、想い描いた通りには何事も運ばない。大事なのは、見込違いだったときに、柔軟に現実的に修正する力です。そうでないと、夢はうたかたとなって消えてしまう」(本書30ページより引用)

しかし、新しいことに挑戦して挫折すると、あとがないぶんダメージも大きいのではないだろうか? そう感じもするが、挫折は終わりではないのだと主張する。

「リタイア後に自分でビジネスを始めた元商社マンの取材をしたことがあります。その方は事業に失敗し、自分のマンションを売るはめになった。挫折感にひたり、二年間は誰にも会いたくなかったそうです。今は工事現場のガードマンをしながら、図書館で文献を調べたり、フランス語の勉強に打ち込んでいます。一人きりの時間を過ごす中で、ビジネスではないライフワークを見つけたわけです。失礼ながら、収入は商社マン時代の数分の一でしょう。でも自分なりに生きがいの組み替えをやってのけたのです。収入が多かった現役時代は、何にカネを使ったか、何に消えたか分からなかったといいます。今は収入が少なくても好きなことに邁進できる喜びがあるんですね」(本書28ページより引用)

フリーランスの物書きとして仕事をしてきた著者は、会社の格や社内での立場によって人が評価されることに疑問を感じるという。長きにわたってシニアの生き様を追い続けたのも、そんな思いがあるからだ。組織のなかで人間がつくられていくような面があるけれども、組織を離れたときに生き方のオリジナリティを発揮できるか、それを見たいというのである。

「大企業の社員だから偉いわけではない。シニアのサークルの中には、女性が反発したりするので、現役時代の仕事や肩書きを男性があえて名乗らないというところもあります。でも、大半のサラリーマンはリタイア後にまず自分を語るにはそれしかないわけでしょう。それをあえて伏せることはないと思います。何かサークル活動をする場合に、元営業マンなら交渉に長けているでしょうし、家電メーカーにいた人なら技術に明るい。役所勤めだった人はどこをつつけば物事が動くといったツボが分かる。それを生かせばいいわけです」(本書31ページより引用)

たしかにそう考えれば、どうなっていくのか見当もつかないリタイア後についての不安を、少しずつでも解消していけそうだ。

「好きなことができて、人に喜んでもらえるのは、幸せなことです。収入が伴えば、もっとハッピーですけど。とにかく、まずは好きなことをやること。そのうち、それを通じて人との対話、かかわりの面白さを感じるようになれば、いいですね。ビジネスの人間関係にはどうしても損得感情がつきまとうが、そうではない付き合いは楽しい。好きなことをするうちに、いつのまにか人間関係の組み替えをしていたというのは理想ですね」(本書32ページより引用)

このように、定年後の人生について多くの生の声を確認できるところが本書の魅力。発行から20年を経ても古さを感じさせないのは、人の生き方が普遍的なものであるからなのだろう。

『定年後を極める―達人12人のノウハウ&読者71人の痛快体験記』(日本経済新聞マネー&ライフ取材班編集、日本経済新聞社)

文/印南敦史
作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』などがある。

 

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