津軽鉄道。

鉄道の主役は車両ではなくお客さん。
鉄道の写真を撮りながらずっとそう感じている。
客を乗せないのに走っているんじゃ、原寸大の鉄道模型なのである。
と言って、諸先輩方や同輩の鉄道写真を否定する気は全くないし、見事な作品に出合うのはうらやましくさえ思う。
ただ自分自身はどうしても人が乗っている鉄道が好きなのだ。鉄道で出会う人たちはとても魅力的なのである。2017年にサライ.jpで鹿児島県の枕崎から北海道の稚内まで青春18きっぷの旅をした時もつくづくそう感じた。乗り合わせた人がいてこそ10日間の鈍行列車の旅ができたと思っている。

釧網本線(せんもうほんせん)。

実録「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅(https://serai.jp/tour/205811)で好評を博した鉄道旅カメラマン、川井聡さんの写真展「PORTRAIL」が東京・四ツ谷のポートレートギャラリーで開催されています。鉄道で旅する人やそれを守る人たちなどのスナップやポートレートをまとめたものです。

カメラマンの川井さんに今回の写真展について、想い出とともに語っていただきました。

鹿児島本線

* * *

レールの上のポートレイト

銚子電鉄。

シャッターを押すときは気持ちがどうしても顔に出る。できるだけ自分の表情に気をつけている。と言ってもイケメンにはなれない。ただ笑顔になっているよう意識しているだけだ。線路端で写真を撮っていても、きっと表情が変化している。カエルの鳴き声が響く田んぼのわきでカメラを構えるときはどこか緩んでしまうようだし、巨大な雪を跳ね飛ばしつつ進む列車の時には自然と厳しい顔になる。

東海道線

別に厳しい顔をしてなきゃ撮れないわけではないが、ついそうなっている。どこかに「被写体と通じる」という気持ちがあるからかもしれぬ。無機質な鉄道車両でさえそうなのだから、人と向き合うときはいっそうだ。

山陽本線。

最近、街で写真を撮ることがいろいろとむずかしくなっている。特に人が入っている場合は複雑だ。相手の承諾を得られれば問題はないにしても、昔よりにハードルは上がっているようだ。

でも写真は楽しいほうがいい。出会った人と人がずっとしかめっ面をしていたんじゃ世の中は窮屈だ。

そんな発想で写真展を企画した。タイトルは「PORTRAIL」。レールの上のポートレート、である。

取材の合間、移動で乗った列車、そこで会った人たちといろいろなお話をしながら撮影した写真である。

長崎のサンルーム

長崎本線。

九州の電車は、見ても乗っても楽しい。

電車好きの子供は増えている。駅に電車を眺めに来たり、観光列車(JR九州ではD&S列車という)のチケットをとって乗車する親子連れにもけっこう出会う。

長崎駅のプラットホームを眺められる喫茶店で時間をつぶしていたら、窓際の席に陣取って列車を眺めている親子がいた。ちょうど博多からの特急「かもめ」が着いたところ。長崎は終点の駅なのでお客さんが全員降りる。これから車内をきれいに掃除し、博多行きの「かもめ」となって折り返していくのだ。純白の車体に丸いノーズは愛嬌があってかわいい。
停車中の車両を撮りにホームに出ようと動き出したらさっきの男の子の声が耳に入った。列車をもっと近くで見たいようだ。

「入場券を買えば中に入れますよ」というと、答えは早かった。お母さんは男の子に「見に行こうか!?」と声をかけた。どうやら自分も見てみたかったらしい。

入場券を手にし、案内がてら車体に近づいていくと彼の表情が微妙に変化している。発車時間までまだ間があってホームには誰もいない。かわいい車体が、近づくにつれ存在感がどんどん大きくなっていく。ちょっと緊張した表情で車体に到着した。

けど彼はすぐに「この白い電車は何も怖くない」と判決を下したようで、電車のあちこちに興味津々だ。

彼に列車の名前、行く先、そしてエンブレムなどちょっとした見どころを教えてあげる。きっとすぐ忘れるだろうけど。ガラス窓から車内をのぞこうとするが、スモークがかかっているためよく見えない。

折よく車掌さんがやってきたので「車内を少し見せてもらえないだろうか?」とたずねてみた。本来は入場券で車内に入ることはできないし、そんなことを許可してくれるわけもない。
なのだが『車内の掃除が終わったらデッキの処だけね』という内緒のお許しをいただいた(ここはもちろんヒミツである)。
この「かもめ」号が長崎駅で折り返しする所要時間は20分余り。お客さんが来ないうちの2分間だけと決めて、彼らと三人でデッキに入る。

「かもめ」のデッキはちょっとしたテラスだ。美しい木の床や足元まで伸びる大きな窓は、九州の列車ならではの空間である。彼は早速ちょこんと座り窓の外を眺めはじめた。かわいらしいその姿に引き込まれ写真を撮らせてもらう。かれは窓の外に「発見」したいろんなものを、興奮気味に一つ一つお母さんに「報告」する。彼のコーフンとハッケンに引き込まれてシャッターを切る。サンルームを思わせるおおきな縦窓からの日差しが、二人の表情を浮かび上がらせた。

長崎本線。


たった2分だけだが、ワンダーランドを一周したように楽しめた。彼にはとても大冒険だったらしい。いい表情もいっぱい撮れた。外に出てから電車を見る目が少し変わったような気もする。

男の子は一瞬で成長するというが、あれが成長だったのか、鉄っちゃんへの一里塚だったのか。その後のことは判らないままである。

日高本線。

小樽のタオル

「PORTRAIL」というタイトルを決めて以来、どうしても撮りたいカットがあった。それは線路の中を歩いている人である。映画、スタンドバイミーに登場する少年、リバー・フェニックスたちのように、昭和のアイドルの写真集のように、線路の中というのは不思議な舞台装置である。現役の路線でそんなことが許されているところは、もちろんない。廃線で撮るのが一番だが、そんなところに来るのは自分のようなモノ好きだろう。

と、思っていた。

が、それが大いなる勘違いだと知ったのは北海道でのことだった。2022年9月、ロイヤルエクスプレスの撮影を終え、帰りにふと立ち寄った小樽にそれはあった。北海道最初の鉄道・手宮線跡である。石炭や資源を小樽の港から運び出すために1880(明治13)年に敷設された線路で、義経号や弁慶号など、開拓時のアメリカそのものの蒸気機関車である。小樽の街並みを東西に貫く線路は1985(昭和60)年に廃止されてしまったが、廃線跡はそのまま残され、近年は遊歩道として線路歩きが合法的に楽しめるようになっているのだ。

もちろんこの存在は知っていたが、そこがあんなに賑わいスポットとなっていることは訪れるまで予期していなかった。
抱き合って写真を撮るカップル、男性の友人をモデルに撮影会をやっている女子二人組、遠足でやってきた小学生の歩く姿は、期せずしてスタンドバイミーごっこになっている……。多士済々色とりどりである。

それほど期待もせず何となく歩いてみようと思ってきたところである。でもこれは撮影したい! ただ、人の多さにちょっと気後れする。断られたらメゲるしなー。お願いして協力してくれるだろうか? OKをもらっても、例えば『レールの上に座ってください』なんてお願いしても大丈夫だろうか?
ふつふつとなんだかマイナスな気持ちがわいてくる。
何か「ツール」を持たねば!! 奇妙な気持ちで歩いていたら生地屋を見かけた。そこで敷物代わりの布地(タオル)を購入。ささやかに気合を入れたツモリになる。もちろんそんなのは「気のせい」に過ぎないんだけれど。

やわやわのツールをカメラバッグにいれ歩き出す。
最初にお願いしたのは手をつないでレールの上を歩いていた二人。

こういうとき暗い声では不幸の素。ゆっくりとハッキリと。

「ポートレイルという写真を撮っているのですが(といったって、まだ一枚も撮ってない)、撮らせてもらっていいですか?」

すると、

「いいですよ、どんな感じ?」

軽快にそんな答えが返ってきた。

夏の終わりの小樽の日差しがいっそう暖かく感じた一瞬だった。

お二人にはさっきまでのように、左右のレールに分かれて立ちバランスをとりながら歩いてもらった。カッコイイ! お二人のカメラでも撮影し、お礼を言ってお別れする。

旧手宮線。

つぎに会ったのは家族連れ。お願いすると快く引き受けてくれたのでまた撮影。お父さんのスマホで家族写真。こんな調子で、レールの上に枕木のように寝てみた人や、バンド仲間らしい5人組、と次々撮影が進んでいった。

旧手宮線。

一キロほどの線路跡を行き来しながら場所を見つけて撮影を続ける。お昼過ぎに初めて気が付いたころにはもう夕方。結局20組に声をかけて映画の主人公をとるような気持ちでPORTRAILを撮らせてもらった。

写真は楽しい方がいい。みなとても素晴らしい表情だった。

小樽で買ったタオルは、結局現場で一度も使用することなく、いまでは私のお風呂の友になっている。

* * *

会場ではこれ以上の笑顔の写真がお待ちしています。

川井聡写真展「PORTRAIL」

日高本線。

開催:2023年11月23日(木)~29日(水)
会場:ポートレートギャラリー
東京都新宿区四谷1-7-12 日本写真会館5階
平日10時〜18時,土日11時〜18時,最終日は15時まで.
※入場無料.
交通:JR四ツ谷駅下車,四ツ谷口から徒歩約3分

 

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