文・絵/牧野良幸
映画監督の中島貞夫さんが今年の6月に亡くなっている。中村貞夫さんは東映などでたくさんの作品を残してきた名監督だ。そこで今回は中島貞夫さんの作品を取り上げたい。
取り上げるのは『木枯し紋次郎』である。
『木枯し紋次郎』と聞いてなつかしいと思う人も多いだろう。もっとも映画のほうではなくテレビドラマの『木枯し紋次郎』だ。最初のシリーズは1972年の元旦から5月にかけて放送され大ヒットした。
映画『木枯し紋次郎』はテレビドラマの大ヒットをうけて東映が制作した作品である。公開はテレビ放送と同じ年の6月。テレビドラマの紋次郎役は中村敦夫であったが、映画では菅原文太が演じている。
テレビドラマが放送されていたのは、僕が中学二年生から三年生にかけての時期になる。番組はかかさず見ていた。同じ時代劇でも『水戸黄門』は両親や祖父が見るから一緒に見ていたのだが、『木枯し紋次郎』は自分からチャンネルを合わせていた。若者向けの『キイハンター』や『時間ですよ』などを見るような感覚だった。
なにせ主人公の紋次郎がクールなのである。時代劇なのにマカロニ・ウエスタンのような爽快さがあった。紋次郎の決めゼリフもカッコよく当時大流行した。
「あっしには関わりのねえことでござんす」
中学二年生から中学三年生というのは微妙な年頃で、子どもでもなければ大人でもない。ニヒルな紋次郎は、思春期の中学生にちょうどいいヒーローだったのだ。上條恒彦が歌う主題歌「だれかが風の中で」も大ヒットした。フォークブームだったこともあり、これも『木枯し紋次郎』がヤングの支持を得た要因だろう。
映画版『木枯し紋次郎』の紋次郎もテレビドラマとキャラクターは同じだ。妻折笠に道中合羽。長い楊枝をくわえている。「あっしには関わりのねえことでござんす」という決めゼリフも同じ。しかし紋次郎を演じる役者が中村敦夫ではなく、菅原文太になることでニヒルさの印象が変わる。
中村敦夫が知的に世の中と背を向けている紋次郎だとしたら、菅原文太は苦悩ゆえに世の中と関われない紋次郎という感じか。
菅原文太はこの映画の翌年に深作欣二監督『仁義なき戦い』でブレイクし、東映の看板スターにのぼりつめていくわけだが、深作監督と同じく菅原文太の盟友だった中島貞夫監督の作品だけに、菅原文太の滋味にあふれる映画になっている。
上州無宿の紋次郎は日野宿で左文治(小池朝雄)と知り合い兄弟分の契りを結ぶ。そして左文治がわけあって人を殺めると、身替りとなって自首をする。紋次郎は罪人として三宅島に流される。
映画の前半は流島での罪人生活が描かれる。股旅物につきものの裏街道の山河ではなく、海の荒波や孤島の殺伐とした風景。テレビドラマのようなマカロニ・ウエスタンの風味はない。当時映画館に足を運んだ観客はいささか拍子抜けしたかもしれない。
しかし島に流されている罪人たちを演ずる俳優が伊吹吾郎や渡瀬恒彦らなのである。菅原文太と彼らのからみは『仁義なき戦い』を待つまでもなく緊迫感にあふれている。
そしてお待たせしました、後半は一転してテレビドラマに通じるおもむきとなる。前半が「静」とすれば後半が「動」だ。
紋次郎は新しく流されてきた罪人から、罪をかぶってやった左文治が、実は自分をだましていたことを知る。これを確かめるため紋次郎は島抜けをするのだった。
日野宿に戻った紋次郎を左文治は殺そうとするが、紋次郎と刺客たちの立ち回りは竹藪や川辺を走るなどスピード感がある。迫力のある殺陣だ。この立ち回りは昔テレビドラマで見たそれに近いのではあるまいか。
テレビドラマは50年以上も前なので細かいところは何も覚えていないのだが、紋次郎役の中村敦夫が撮影中にアキレス腱を切った事故は覚えている。この事故で放送が一時中止になったことが社会的な話題となり、それがまた番組の人気を押し上げた。
その撮影中の事故シーンをテレビのワイドショーが放送したのである。河原の土手のようなところ、そこで数人の俳優と走っていた中村敦夫が転倒した(と思う)。その映像だけがなぜか僕の記憶に残っていて、菅原文太の立ち回りを見てそれを思い出した。
刺客たちを倒してついに左文治一家の元にやってきた紋次郎。悪賢い左文治は岡っ引になっていたが、紋次郎はひるむことなく左文治を斬る。
もうひとり、左文治の策略にしたがい紋次郎をだましてしまった妻のお夕(江波杏子)。夫を殺され、乳飲み子を抱えたお夕はどこにも行くあてがなくなった。お夕は紋次郎に自分も斬ってくれと懇願する。
「私はこの先どうやって生きていったらいいの? ねえ、どうやって!」
しかし紋次郎は、
「あっしには……関わりあいのねえことでござんす」
でたあ、決めゼリフ。
ラストシーンは裏街道を歩く紋次郎。一瞬、上條恒彦の歌が流れそうな気がするが、もちろんそれはない。そのかわり重しい劇音楽が流れ、画面に「完」の文字が現れる。お茶の間のテレビで見ていたのとは違う『木枯し紋次郎』が映画館で上映されていたのだった。
【今日の面白すぎる日本映画】
『木枯し紋次郎』
1972年
上映時間:91分
監督:中島貞夫
脚本:山田隆之、中島貞夫
出演:菅原文太、小池朝雄、江波杏子、渡瀬恒彦、伊吹吾郎、藤岡重慶、ほか
音楽:木下忠司
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。ホームページ http://mackie.jp