ライターI(以下I):『どうする家康』第34回では、家康のもとから出奔して秀吉家臣となった石川数正(演・松重豊)の物語に尺が取られました。このタイミングで松重豊さんのコメントが寄せられたのですが、これが面白いんです。
編集者A(以下A):松重豊さんというと、当代きってのバイプレーヤーとして知られますが、大河ドラマデビューは1997年の『毛利元就』。主人公元就の次男吉川元春を演じました。元就嫡男の隆元を上川隆也さん、三男の小早川隆景を恵俊彰さんという布陣でした。もう26年も前の作品ですが、吉川元春の苦虫を嚙み潰したような表情が今も頭にこびりついていますから、よっぽど印象的だったのだと思います。
I:それでは、松重さんのお話をどうぞ。
昨年の夏、名古屋でクランクインしてから1年以上が経ちました。甲冑の重みに耐えながらの長時間撮影や、土砂降りの中で戦うなど過酷なシーンもある中で、いつの間にか家臣団の絆も深まっていました。
一丸となって乗り越えようという意識で作品と向き合ってきましたが、家臣団の関係性は、現場外でも続いています。家臣団のLINEグループなるものができて、そこでも日常的に情報共有しています。撮休の人が「今日も頑張って」と送ってくれたりもしますし、コミュニケーションを重ねながら、みんなで支え合って乗り越えてきたという思いでいっぱいです。
A:いつも言っていますが、こういう話、大好きです。なんだかんだいって、団結というか絆というか繋がりというか……。
I:そういうの日本人が好きな部分ですよね。私たちも取材を重ねていると、松本潤さんのことを出演者の皆さんが「殿」と呼んでいるエピソードなどに触れることがありますが、コミュニケーションが良好な現場というのは風通しが良くて、言いたいことも言い合える、ディスカッションができるんですよね。みんなで力を合わせてより良い作品を作ろう! とか、そんなふうにうまく回転しますよね。松重さんのお話は、まさにそんなことでした。続きをどうぞ。
最初は小さな会社だった〈徳川商店〉。今川家の人質時代から家康を支えている古参の家臣たちに、平八郎・小平太・直政のような若いメンバーも加わってきました。小さな会社がじわじわと大きくなり、運良くどこにも飲み込まれず、何とかここまでやってきた。家康は本当に運がいいなと思います。演じる上でも、家臣団内の位置関係、上下関係、人間関係を、僕らが生きている現代に落とし込み、「もし〈徳川商店〉に勤めていたら……」とリアルに考えていました。大河ドラマといえど、決して昔話ではないと思うんです。
社会の在り方も変わり、僕らがここ20~30年の間に経験して「当たり前」と思っていたことが、既に「当たり前」ではなくなっている。まして1600年前後には、更に大きな変革期があったでしょうし、それにどう対応していくか、どうすれば生き残れるかというのは、まさに現代を生きる僕らも突きつけられている現実だと思います。大河ドラマを見て「俺たちの会社のことを言ってるかもしれない」と思えたり、時代は違えど身につまされる思いになったり。そういう視点でご覧いただくこともできるのかなと思っています。
A:すでにお気づきの方もいらっしゃると思うのですが、松重さんの話、面白いんです。舞台裏を明かすようで恐縮ですが、そのまま原稿に使える精度。書き手のことまで配慮いただいているようで、これはなかなか難易度の高いことであるということを僭越ながら申し添えたいと思います。松重さんのお話はさらに続きます。
そう考えていくと、第34回で描かれた出奔に関しても、数正にとっては「組織で働く」ことの葛藤や難しさがあったのだろうと思います。小牧長久手の戦いで勝利はしたものの、勝ったのは偶然と捉えていたのは、家臣団の中で数正だけだったのかもしれません。
天下を取る戦国大名がどれだけ海外と交流し、どれだけの武器を手に入れ、どれだけ強大な勢力になっているか。現実を見極める力が、家臣団にはまだそれほどなかったのかもしれません。だからこそ、色々なことに気づく目を持っていた数正は、苦しさや葛藤も抱えていただろうと想像しました。
A:いつも思うんですが、こういう話は第34回のオンエア前に公開していただきたいですね(笑)。松重さんの話の続きです。
今川家人質時代、家康は15歳、恥ずかしながら僕は24歳の設定で演じていました。どう考えても24歳には見えなかったと思いますけど(笑)。
ようやくここにきて、みんな月代ができて髭も生やして、実年齢に近付いてきました。数正の出奔が53歳頃といわれていますが、当時の53歳といえば、現代の感覚よりはるかにおじいさん。人生50年といわれている頃の53歳ですから、鎧を着て戦うのも大変だったでしょう。
昔の武将は日没までで戦を終えますが、『どうする家康』の武将達は日没関係なしに夜遅くまでスタジオで戦います。鎧の重みに耐えながら動くと身体的に大変で、僕自身、本当に「合戦はもうこりごり」という気持ちにもなりました(笑)。
53歳にもなれば、「心の底から平和な世が来て欲しい」「もう鎧を脱ぎたい」と思うのは、数正のリアルな気持ちだったのかもしれないと思いました。
史実から考えられることは色々あるでしょうけれど、あくまでドラマはフィクション。作品によって異なる解釈があり、それによって人物像も演じ方も変わってきます。数正に関しても、金に目がくらんだとか、完全に調略されたとか、嫌になったとか、実は家康側のスパイだったとか……史実から想像すると出奔の理由には色んな考え方があると思います。ですが、今作には今作なりの、映像では描かれていない裏設定も含め、家臣団が積み上げてきた時の流れや絆がある。それを踏まえてどう描くのか、僕自身も楽しみにしていました。制作サイドは実際かなり悩まれたそうです。
第34回の原稿は何度か変更があり、新しい台本があがってくる度に拝読し、台本が完成する過程を見ていましたが、描かれ方が少しずつ変化していました。演じる上では、数正が出奔するというのは動かせない史実としてあるので、それを視聴者の皆さんにどう納得してもらうかというのを軸に考え、現場で色々やらせていただきました。松本くんともコミュニケーションをとりながら進めましたが、最終的には家康と数正、松本くんと僕の関係性がリンクするような形になったかなと思っています。僕としては「これしかない」と納得する形で終えることができました。
【「松本くん頑張れ!」と思っている自分がいます。次ページに続きます】