ライターI(以下I):家康(演・松本潤)と秀吉(演・ムロツヨシ)の対立は膠着状態ではありましたが、実は秀吉は家康を完全に叩きのめそうとしていたともいわれています。
編集者A(以下A):その計画をとん挫させたのが、劇中でも紹介された天正13年の「天正地震」。被害は広範囲に及んで、甚大だったようです。大垣城は倒壊し、越中木舟城(富山県高岡市)では前田利家弟の前田秀継が圧死し、2006年の大河ドラマ『功名が辻』でも描かれましたが、山内一豊の息女もこの地震で亡くなっています。
I:歴史に相当な影響を与えた地震だったんですね。
A:このシーンが関東大震災から100年(9月1日)というタイミングで登場するのは感慨深いですね。
I:東京直下地震などいつ起きてもおかしくないといわれています。今、同じような地震が東京を襲ったらどうなるのでしょう。
A:東京は、安政の江戸地震(1855年)、関東大震災(1923年)、東京大空襲(1945年)と100年足らずの間に災害、戦争禍からの復興を成し遂げました。いままた関東大震災級の大地震が東京を襲ったら――。私たちは復興できるだろうか、と天正地震の場面を見て感じてしまいました。
旭輿入れ「野人の一族」描写への疑問
I:さて、今週のトピックスは秀吉の妹旭が家康の正室として浜松に嫁いできたことではないでしょうか。この時家康、旭ともに40代半ば。ましてや旭は夫と離別したうえで嫁ぐという異例の婚姻でした。尾張弁を駆使して旭を演じたのは山田真歩さん。土臭い感じを強調して演じていました。やっぱり手練れの俳優の演技は凄い! ということを改めて認識させられます。
A:大河ドラマの旭といえば、1981年の『おんな太閤記』の泉ピン子さんが、土臭い旭を強烈に印象づける一方で1996年の『秀吉』では、全日本国民的美少女コンテストグランプリ受賞者でもある細川直美さんの「逆張り旭」が話題になりました。
I:山田真歩さんの旭は、家康との対面に際して歯を出してニカっと笑ったり、ことさら「卑」の部分を強調していたのが印象的でした。
A:「野人の一族」ということを演出上、強調したのでしょうが、ここまでデフォルメしてくれたおかげで、「いや、実際の旭は実は誰よりも貴人然として嫁いだのではないか」と思ってしまいました。
I:あ、そうかもしれないですね。多摩の豪農出の新選組・土方歳三が、誰よりも武士らしく生き抜いたのと同じような感覚ですよね。身分・階層の違いはあったとしても、当時の農民層をあそこまで下げた描写にしなくても、と感じましたね。山田真歩さんの演技はそう感じさせてくれる迫真の演技でした。
A:さて、秀吉は、妹の旭を嫁がせてまで家康を臣従させようとしました。大軍を率いて家康を討つという手段もあったかと思いますが、秀吉はなりふりかまわず家康との対決を回避しようとした。それはなぜなのか?
I:何か、理由があったのでしょうか。
A:いや、三重大学の藤田達生教授の『戦国秘史秘伝』を読んで思いついた小説やドラマ的な発想ですが、家康と旭の婚姻は天正14年(1586)のことです。家康との対決を回避した秀吉は西国へ兵を進め、天正15年、九州を平定します。(https://serai.jp/hobby/1149243)
I:はい。
A:そして秀吉は伴天連追放令を発します。キリシタン大名の大村純忠がイエズス会に寄進した長崎が要塞化されつつあることを目の当たりにした秀吉による施策です。端的に言えば、九州の植民地化を防いだということになります。旭輿入れから1年未満で伴天連追放令です。情報通の秀吉はすでに九州の状況を把握していて、家康と長期にわたって対決する余裕はないと判断したのではないかとちらっと思ったのですよ。もちろんそれに言及した史料はありませんから、小説的な発想でしかないのですが。
I:なりふりかまわず家康との和解を急いだのは、南蛮勢力が軍事力を強化する前に楔を打つ必要性を感じたからということですね。
A:劇中で本多平八郎(演・山田裕貴)が〈何年でも戦い続けて領国を守り抜く〉と言っていましたが、世界史から俯瞰した場合、そんなことをしていたら要塞化された長崎を拠点にした南蛮勢力がどんどん軍事力を強化して大変なことになっていたかもしれないということを思ったわけです。
I:なるほど。
A:さて、『おんな太閤記』の話題が出たので、少し脱線しますが、『おんな太閤記』では秀吉の実母大政所に赤木春恵さん、秀吉の実姉ともに長山藍子さん、蜂須賀小六に前田吟さん、さらには、角野卓造さん(細川藤孝)、東てる美さん(秀吉密偵みつ)、岡本信人さん(片桐且元)、沢田雅美さん(秀吉側室千種)、大和田獏さん(小早川秀秋)など、10年後に始まる『渡る世間は鬼ばかり』で結集する面々が登場していたこともドラマ史のトピックスでしょう。
I:いずれも橋田壽賀子さんの名作ですね。
【石川数正出奔の真意に家臣団が泣いた。次ページに続きます】