慈愛の国、戦のない国は実現できたのか

瀬名を訪ねてきた氏真(演・溝端淳平)と糸(演・志田未来)夫妻。(C)NHK

I:さて、今週のトピックスは、瀬名発案の「戦国ユートピア構想」で明かされた「慈愛の国」「戦のない国」ではないでしょうか。「戦国時代にそんなことを思う人はいない」という意見が出たりしますが ……。

A:「慈愛の国」「戦のない国」に現実性があるかと言われれば、厳しいです。ただ、「合戦が続くのは嫌だ」「身内や重臣などが討ち死にするのは辛い」という考えはあったと思いますし、なるべく合戦を避けようという思いもあったと思うのです。俗に政略結婚と称される大名間の婚姻政策は、近隣の大名と縁戚関係になることで、合戦を避けたということですよね。

I:はい。有名なところで言えば、甲斐武田・駿河今川・相模北条の三国同盟でしょうか。本作に登場している今川氏真と糸(北条氏政の娘)夫婦は、この同盟による婚姻です。武田信玄の本来の嫡男義信には今川義元の娘が嫁いでいます。これなんかも瀬名の考えに近いといえば、近い……。

A:(引き取って)いやいや安易に「考えが近い」と言ってはいけません。皆、それぞれ思惑があったわけですから……。しかもこの三国同盟は桶狭間で今川義元が討たれた後で、信玄が「親戚」の今川領に攻めこんで瓦解することになるのですよね。信玄と嫡男義信の関係が悪化したのもこの一件絡みです。しかも同盟を結んでも合戦がすべてなくなったわけではありません。信玄は上杉謙信と川中島で幾度も戦いましたし、今川義元は甲斐と相模から攻められる心配がなくなると、尾張に攻め込んだりしていますし。

I:「慈愛の国」とはなかなか難しいですね。

A:ただし、慈愛ではありませんが、合戦で亡くなった兵らへの鎮魂はきちんと行なわれていたようです。各地には丁重に葬られた「首塚」や供養塔が残っています。単に殺しあうだけではなく、合戦による死者を供養することは行なわれていました。

I:鎮魂も慈愛といえば慈愛。合戦はなくなることはありませんでしたが、厭戦の雰囲気が漂っていたのかもしれないですね。

A:そういうことを突き詰めて考えるきっかけとして、今週の設定は有りだと思いますね。びっくりした方もいたかもしれませんが。

I:それはびっくりもしますよ。実際に武田と徳川が鉄砲を空打ちする「偽合戦」まで行なうのですから。

A:ここまで頑張って「慈愛の国」を目指すことになりましたが、最後は勝頼が翻意してしまう流れになりました。「そのまま突っ切ってしまえばいいのに」とも思ったりしますが、そうしたら関ケ原合戦で「小早川秀秋が家康めがけて攻めてきた」のと同じになってしまいますからね。

ふたりの幼女の姿に涙

五徳(演・久保史緒里)との間にできた娘を抱く信康。(C)NHK

A:さて、最後にちらっとですが、信康と五徳の間に生まれたふたりの娘が登場していたことに触れたいと思います。家康と信長の共通の孫。登久姫と熊姫です。今、ここでこのふたりの娘がどういう生涯を送るのか言及することは敢えて避けますが、「戦国の悲哀」をしみじみと感じてしまうふたりです。

I:私は、このふたりの娘が出たということで、先週、肩もみ要員としてお葉(演・北香那)が再登場した意味を噛みしめています。そうした人間模様が今後描かれていくのでしょうか。

A:歴史の本流も面白いですが、本流の歴史の周囲の「脇の歴史」にも人間模様が詰まっていて考えただけで涙がでてくる感じがします。登久姫と熊姫の人生についてもいずれ深掘りしてみたいと思います。

瀬名から企てについて打ち明けられる家康(演・松本潤)。(C)NHK

●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。歴史作家・安部龍太郎氏の『日本はこうしてつくられた3 徳川家康 戦国争乱と王道政治』などを担当。『信長全史』を編集した際に、採算を無視して信長、秀吉、家康を中心に戦国関連の史跡をまとめて取材した。

●ライターI:三河生まれの文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2023年2月号 徳川家康特集の取材・執筆も担当。好きな戦国史跡は「一乗谷朝倉氏遺跡」。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

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