文/池上信次

2023年3月28日に亡くなった音楽家、坂本龍一。先日、坂本龍一が自身の葬儀で流すために作ったプレイリスト(Spotify)がマネジメントより公式Twitterを通じて公開されました。タイトルは「funeral」(葬儀)で全33曲約2時間30分。

内容はバッハ(8曲)、ドビュッシー(6曲)、サティ(3曲)、スカルラッティ、ラヴェル、武満徹「地平線のドーリア」などのクラシック〜現代音楽作品をはじめ、ニーノ・ロータ作曲『道』『太陽がいっぱい』、モーリス・ジョベール作曲『巴里祭』や、エンニオ・モリコーネ作曲『1900年』(ベルナルド・ベルトルッチ監督)、ジョルジュ・ドルリュー作曲『軽蔑』(ジャン=リュック・ゴダール監督)といった映画音楽の名曲が並びます。ほかには、共演者だったアルヴァ・ノト、自身も演奏に参加しているデヴィッド・シルヴィアンの「オルフェウス」、そして映画『Possessed』(2018年)のサントラ曲(ローレル・ヘイロー作曲)がリストされています。ここまではその音楽を聴けば、坂本龍一が大きな影響を受けた、また好きだったであろう曲というのは想像できます(ヘイローとのつながりはわかりませんが)。ただ意外だったのは、そのリストに1曲だけ「ジャズ」があったこと。坂本龍一は「ジャズ」のフィールドでも活動していましたが、第204回(https://serai.jp/hobby/1125907)で紹介しているように、いわゆる「モダン・ジャズ」とはあえて距離を置いていたように思われるので。

その1曲とは、ビル・エヴァンス(1929〜1980年)作曲・演奏による「タイム・リメンバード」。


『ビル・エヴァンス・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』(ヴァーヴ)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、チャック・イスラエルズ(ベース)、ラリー・バンカー(ドラムス)、クラウス・オガーマン(編曲・指揮)、シンフォニー・オーケストラ
録音:1965年10月〜11月
クラウス・オガーマン編曲・指揮による48人編成のオーケストラをバックにしたエヴァンス・トリオの演奏。楽曲はバッハ、フォーレ、ショパンらのクラシック曲と「タイム・リメンバード」などエヴァンスのオリジナル曲。

「タイム・リメンバード」は、2015年に公開されたビル・エヴァンスのドキュメンタリー映画(原題『BILL EVANS/TIME REMEMBERED』ブルース・スピーゲル監督)のタイトルにもなっていますが、他のエヴァンスのオリジナル曲に比べれば知名度は低いかもしれません。というのは、エヴァンスの生前にこの曲が公式に発表されたのは『ビル・エヴァンス・トリオ・ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』の1ヴァージョンだけだったから。しかしエヴァンスの死後、それまで未発表になっていた多くのヴァージョンがアルバム化されたため、じつは何度も演奏・録音されていた愛奏曲だったということがわかりました。それらの中で最初の録音は『ウィズ・シンフォニー・オーケストラ』の3年前、ズート・シムズ(テナー・サックス)とジム・ホール(ギター)をフィーチャーしたクインテット編成によるものでした。現在ではほかにも1963年から76年まで多くのトリオ編成ヴァージョンが発表されています。

さて、坂本龍一がリストしたのは、CD『タイム・リメンバード』(マイルストーン)に収録のヴァージョン。このCDは1999年に発売された、未発表曲のコンピレーション盤です。


ビル・エヴァンス『タイム・リメンバード』(マイルストーン/輸入盤)
演奏:ビル・エヴァンス(ピアノ)、チャック・イスラエルズ(ベース)、ラリー・バンカー(ドラムス)
録音:1963年5月30日、31日、ほか
ビル・エヴァンスの未発表曲集、コンピレーション盤は同じタイトル、同じジャケット・デザインでも収録曲が異なるものがあり、混同しがちなので注意が必要です。このCDもその1枚。これは1999年発売盤(現行商品)で、ライヴ・アルバム『アット・シェリーズ・マン・ホール』の未発表テイクと1962年ほか録音のソロ・ピアノが一緒に収録されています。

坂本龍一は「タイム・リメンバード」をなぜオリジナル・ヴァージョンではなく未発表曲集からピックアップしたのでしょうか。エヴァンスの「タイム・リメンバード」ならどのヴァージョンでもよかった? プライヴェートなプレイリストということですが、こうして発表されることも想定していたでしょうから、安易に選んだとは思えません。プレイリストは、その作成者の音楽観、美的感覚を反映したひとつの「作品」とも解釈できるもの。これは坂本龍一の「最後の作品」なのです。

坂本龍一のアルバム『音楽図鑑 −2015 Edition-』には、1984年発表のオリジナル盤では未発表だった「M2 BILL」(M2は未発表曲の連番)という曲が収録されていますが、この曲名はビル・エヴァンスから取られたもの。ビル・エヴァンスについては深い理解があったと想像できます。

先にも書いたように、現在では「タイム・リメンバード」はいくつものヴァージョンが発表されていますが、じつはこのヴァージョンはこの曲唯一の「トリオ編成の公式ヴァージョン」なのです。未発表にはなっていましたが、もともとはライヴ・アルバムのためにレコーディングされていたものなのです(ほかのこの曲のトリオ・ヴァージョンは放送用音源か、いわゆる隠し撮り)。プレイリストには説明がないので憶測にしかなりませんが、坂本龍一はフェイヴァリット・アーティスト(このリストの並びで見ると作曲家として)のひとりとしてエヴァンスを選び、その代表曲を「タイム・リメンバード」とし、リストに加えるにあたってはオーケストラ入りより、より「エヴァンスらしい」トリオ・ヴァージョンを選んだのではないでしょうか。

坂本龍一にとってビル・エヴァンスは、バッハやドビュッシーと並ぶ存在だったのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 


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