文/池上信次

2023年3月28日に亡くなった音楽家、坂本龍一。作曲家、編曲家、演奏家、プロデューサーであり、手がけたジャンルはクラシックから現代音楽、ポップス、映画音楽まで、その活動の幅は「全音楽」といってもいいくらいに広いものでした。もちろんジャズもそこに含まれています。坂本龍一のジャズでの活動でもっとも知られるのは、渡辺香津美(ギター)のフュージョン・グループ「KYLYN(キリン)」への参加でしょう。坂本はYMOでも活動中の1979年春にスタジオ録音盤『KYLYN』を渡辺と共同プロデュースし、録音直後にはツアーにも参加。その演奏はライヴ盤『KYLYN LIVE』として発表されました(いずれも日本コロムビア)。矢野顕子(キーボード、ヴォーカル)、清水靖晃(テナー・サックス)、村上ポンタ秀一(ドラムス)らが参加した「若手」オールスターズであるKYLYNは、当時のフュージョン・シーンの台風の目となりました(ちなみに同年秋、渡辺と矢野はYMOの海外ツアーにサポート・メンバーとして参加しました)。

このKYLYN参加の頃はYMOのメンバーとしてはもちろん、スタジオ・ミュージシャンとしても多くのポップス、フュージョンのアルバムで坂本の名は知られていましたが、それ以前、プロとしてのキャリアの最初期に、いわゆるフリー・ジャズを積極的に演奏していたことはあまり知られていないかもしれません。そしてその共演者には阿部薫(アルト・サックス)もいました。阿部は1978年、29歳で夭折した伝説的ミュージシャンです。1985年に出版された坂本と村上龍の対談集『EV.Café 超進化論』(村上龍+坂本龍一著、講談社)では、阿部薫との共演についてこう語っています。

坂本 僕はポップスのアレンジャーもやったし、スタジオでピアノも弾いたし、それからフリー・ジャズなんかを阿部薫たちとやったりとか、いろんなことをやってきた。自分が一番テンションが高くなったのは阿部薫と一緒にやったときだったけど。
村上 それ、いつ頃なの?
坂本 1975、6年じゃないかな。僕がスタジオ・ミュージシャンとして一番忙しい頃に、夜寝ないで阿部薫とセッションしたりしてたんだ。阿部薫は、その2、3年後に死んだんだけど、そのままいってったら、僕も一緒に死んでたかもしれない。

2009年刊行の坂本の自伝『音楽は自由にする』(新潮社)にはこうあります。

フリー・ジャズの阿部薫とは、何度かセッションをしていました。ジャズの前衛とクラシックの前衛には、共有できるものがあった。それぞれに既存のものを解体し、新しいものを生み出せるという予感のようなもの。彼もぼくも熱心にデリダを読んでいたりして、とても気が合ったんですが、彼は78年に急死してしまいました。

のちにYMOに参加することなど想像もできない活動ですね。また、坂本は1981年に『音楽の手帖 ジャズ』(青土社)に「阿部薫について」という2000字ほどのエッセイも寄稿しています。さらに同年に発表された阿部のアルバム『彗星パルティータ』にも坂本は短いコメントを寄せています。YMOで人気絶頂のこの時期に、その活動とは真逆ともいえるフリー・ジャズについて書いているということだけでも、阿部との関係は特別なものだったということがうかがえます。

坂本と阿部の共演音源は発表されておらず、そもそも存在するのかもわかりませんが、その頃、坂本は自分の名前で初めてのアルバムを発表しています。それはパーカッション奏者の土取利行との共同名義の『ディスアポイントメント–ハテルマ』(ALM)。1975年8月9月に録音されました(アルバムのタイトルはオーストラリアのディサポイントメント湖と沖縄の波照間島のこと)。坂本は土取を相手にピアノのほかシンセサイザー、打楽器類、さらには声も使って、激しいフリー・インプロヴィゼーションからミニマル的なものまで、さまざまな表情の現代音楽/フリー・ジャズを演奏しています。また翌1976年6月には、坂本は高橋悠治(ピアノ)と富樫雅彦(パーカッション)の共同名義による現代音楽/フリー・ジャズのアルバム『トゥワイライト』(日本コロムビア)にも参加しています。坂本は全3トラックのうち2つでピアノとシンセサイザーを演奏。作曲者(高橋と富樫)による、ルールに基づいたインプロヴィゼーションを行なっています。これらから阿部との共演を想像してみるのも面白いと思います。

1983年のYMO散開後にも坂本はフリー・ジャズの録音を残しています。1984年3月、東京・渋谷で行なわれたライヴ・イヴェント「東京ミーティング1984」に参加した坂本(ここではシンセサイザー)は、近藤等則(トランペット)、ペーター・ブロッツマン(サックス)、ビル・ラズウェル(ベース)、高橋悠治(ピアノ)らと、「事前の決め事一切なし」のフリー・インプロヴィゼーションを演奏しました。その演奏の一部は『東京ミーティング1984』(TKRecording)で聴くことができます。YMOのイメージが強かった当時はかなり驚きのセッションでしたが、その後の坂本の活動を知れば、そういったフリーなセッションもなんら特別なものではなかったと思えます(これらは活動の「ごく初期のごく一部」ですから)。ジャズをやってもポップスでも、結局音楽は「人」の表現なのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、『後藤雅洋監修/ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 


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