文/池上信次

映像作品を積極的に作ってきたジャズ・ミュージシャンとしてこれまでキース・ジャレットとチック・コリアを紹介してきましたが、この人も忘れてはいけません。パット・メセニーです。YouTubeの時代になった現在でも、YouTube(公式チャンネル)で作品は公開せず、ごく短いダイジェストでその告知にだけ使っているところにこだわりを感じます。

*パット・メセニーの映像作品
『モア・トラヴェルズ』(1992年発表)
『シークレット・ストーリー・ライヴ』(1992年11月24日収録)
『ウィ・リヴ・ヒア ライヴ・イン・ジャパン 1995』 (1995年10月12日収録)
『メカニズムズ・オブ・デンシティ〜ザ・ラスト・ワード・フロム・パラダイス』(石岡瑛子らとの共作/1995年発表)
『イマジナリー・デイ・ライヴ』(1998年7月21〜23日収録)
『スピーキング・オブ・ナウ ライヴ・イン・ジャパン』 (2002年9月19、20日収録)
『ザ・ウェイ・アップ・ツアー〜ライヴ・イン・コリア』 (2006年発表)
『オーケストリオン・プロジェクト』(2010年11月収録)
『ユニティ・セッションズ』(2014年発表)

初めての公式映像作品は1992年の『モア・トラヴェルズ』。これはそれまでのパット・メセニー・グループ(以下PMG)のベスト盤をホールでの無観客ライヴで作ったというもの。メセニーは映像作品には並々ならぬ意欲を持っているのでしょう。カメラの台数は言うに及ばず、48チャンネル・デジタルという、撮影・録音スタジオに劣らないスペックで録音されています。その後のPMGではすべて音楽作品に対応する映像作品が出ていますし、ソロも小編成ジャズを除いた主要作品は映像版を残しています。1993年にリリースされたPMGの『ザ・ロード・トゥ・ユー〜ライヴ・イン・ヨーロッパ』はその逆で、『モア・トラヴェルズ』のCD版です。ここまであると、メセニーは「音楽作品は映像作品とセット」と考えているかのようです。

実際これらの映像作品を観ると、たくさんの「観なければわからない」面白さに気づかされます。PMGについていえば、作品によって異なりますが、メンバーにはふたりのマルチインストゥルメンタル奏者がいます。この持ち替え楽器が、音だけでは想像できないくらい多彩なんですね。『モア・トラヴェルズ』のペドロ・アスナールはヴォーカル、ギター、ヴァイブラフォン、スチールドラム、テナー・サックスまで演奏しているのがわかります(ちなみにアスナール本人のメイン楽器はベース。PMGでは演奏せず)。『イマジナリー・デイ・ライヴ』のマーク・レッドフォードらは、ヴォーカル、アコースティック・ギター、メロディカ、ポケット・トランペット、口笛、マリンバ、パーカッションまで、とにかくにぎやかにバンドを盛り上げているのがわかります。メセニーの演奏も、観れば新たな発見がたくさん。たとえば『イマジナリー・デイ・ライヴ』の冒頭、4本ネック42弦ピカソ・ギターのソロ演奏が2分割画面で観られるだけでも映像作品の意味はとても大きいものです。音だけからは構造はわかりませんし、また写真を見たとしてもどんなふうに演奏しているかは想像すらできない、世界にひとつの楽器なのですから。

いうまでもなく、そういったヴィジュアルでしかわからないことを見せることが映像作品を作る目的のひとつであり、「ライヴで再現演奏ができる=実力の証明」でもありますが、それだけでなく映像作品でしか聴けない音源も入れて、その価値を高めています。『ウィ・リヴ・ヒア ライヴ・イン・ジャパン 1995』では、映画『コードネームはファルコン』のために録音されサウンドトラック・アルバムにしか収録されていない「ディス・イズ・ノット・アメリカ」(作曲:メセニー/作詞とヴォーカル:デヴィッド・ボウイ)のPMGヴァージョンを収録。マルチインストのふたりが歌いますが、そのうちのひとり、デヴィッド・ブラマイヤーズは「もともとは歌手」というだけあって素晴らしい演奏です。ライヴの「歌伴」PMGが観られるのはこのトラックだけ。『シークレット・ストーリー・ライヴ』には、トリオ演奏で「ハウ・インセンシティヴ」が収録されています。

というように、メセニーの映像作品はどれも力の入ったものばかり。PMGの一連の作品ではとくに『イマジナリー・デイ・ライヴ』がDVD(メディア)の最初の作品ということもあってか、メセニーの映像へのこだわりが感じられると思います。それ以前のライヴは、放送も目的としたテレビ局との共同制作ですが、この作品はグループのスティーヴ・ロドビーが監督・編集しています。ですので、的確な聴かせどころ、というか観せどころがきっちり押さえられていると感じます。とにかく、「ルーツ・オブ・コインシデンス」で、なんとライル・メイズが立ってギターを、しかもメセニーとハモってメロディを弾いている! というシーンがあるだけでも観る価値がありますよ。目が釘付けです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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