文/池上信次
今回紹介するのはパット・メセニーの『メカニズムズ・オブ・デンシティ – ザ・ラスト・ワード・フロム・パラダイス -』。これはメセニーの映像作品のなかでも、というより「音楽映像作品」として異色作といえるものです。正確にはメセニー単独名義ではなく、メセニー、石岡瑛子、ピーター・ビアードのコラボレーション作品となっており、タイトルになっている映像作品(約12分)、パット・メセニーのインタヴュー映像2本(約10分・7分)、パット・メセニー・グループ「ウィ・リヴ・ヒア」のビデオ・クリップという内容のパッケージで1995年に発表されました。
コラボレーションの中心にいるのが石岡瑛子(1938〜2012)。コッポラ監督作品『ドラキュラ』でアカデミー衣裳デザイン賞受賞などで知られるデザイナー、アート・ディレクターですが、ジャズ・ファンにはマイルス・デイヴィスの『TUTU』のデザインが有名でしょう(1987年グラミー賞最優秀アルバム・パッケージ賞受賞)。ピーター・ビアード(1938〜2020)は写真家であり作家。写真、切り抜き、手書きメモなどをコラージュした作品集『ダイアリー』で知られます。
「メカニズムズ・オブ・デンシティ – ザ・ラスト・ワード・フロム・パラダイス -」の内容を簡潔に紹介すると、メセニーの音楽を「脚本」に、ビアードの「ダイアリー」を映像素材として石岡のメッセージを形にしたショートフィルム作品、というところ。ストーリーのテーマは「地球の現実に目をつぶろうとする人々へのひそかな警告」(石岡による解説から)。使われている音楽は、メセニーのソロ作『シークレット・ストーリー』から「アバヴ・ザ・トゥリートップス」「ザ・トゥルース・ウィル・オールウェイズ・ビー」の2曲。もともと先に曲があっての映像作品(映画ならふつうは逆)なのでCD作品と同じ音源ですが、当然ながら映像込みで受けるイメージはCDとは大きく異なります。制作上のテーマは「デンシティ」。その意味は「密度、稠密(ちゅうみつ)」。石岡はメセニーの音楽とビアードのヴィジュアル作品に大きなデンシティを感じたそうです。そのデンシティはマンハッタンから感じるそれに似ているということで、スタッフは全員がニューヨーカーで固められています。なお、撮影は当時最先端だったHD(高精細度/ハイ・デフィニッション)映像で行われたことも売りのひとつなので、そこにも意味があるようです。
「ウィ・リヴ・ヒア」のビデオ・クリップは石岡瑛子の監督によるもの。本編と同じ「デンシティ」をコンセプトに、マンハッタンの風景とメセニー・グループのメンバー個々の演奏シーンがコラージュされています。全編モノクロ。これは「マンハッタンのデンシティを視覚化すると、それは絶対にブラック&ホワイト」(石岡の解説)ということから。メセニー・グループのサウンドにはアメリカの原風景的なイメージがありますが、たしかに「ウィ・リヴ・ヒア」はグループの作品のなかでは異色な「都市の音楽」だったことに気づかされます。
興味深いのはメセニーのインタヴュー映像。音楽映像作品でよくある、ひと言ふた言のコメントではなく、モノクロに演出された映像でたっぷりと「ジャズ観」を語っています。25年以上前の発言ですが、現在のメセニーが語っていてもおかしくない内容です。ジャズに対する信念はまったく変わっていないのですね。これはすごいこと。
1995年にレーザーディスクとVHSビデオでリリースされて以来、DVD化もされていませんので、視聴機会は限られると思いますが、メセニー・ファンなら一度は見ておきたい作品です。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。