ようこそ、“好芸家”の世界へ。

「古典芸能は格式が高くてむずかしそう……」そんな思いを持った方が多いのではないだろうか。それは古典芸能そのものが持つ独特の魅力が、みなさんに伝わりきっていないからである。この連載は、明日誰かに思わず話したくなるような、古典芸能の力・技・術(すべ)などの「魅力」や「見かた」にみなさんをめぐり合わせる、そんな使命をもって綴っていこうと思う。

さあ、あなたも好事家ならぬ“好芸家”の世界へ一歩を踏み出そう。

第4回目は雅楽の世界、異国情緒あふれる舞台で、色彩鮮やかな衣裳を纏って舞う、「舞楽」の世界をご紹介しよう。

文/ムトウ・タロー

田中訥言筆『舞楽図』。
左が「陵王」、容姿端麗で優れた武才の陵王が、兵士たちの士気を高めるために獰猛(どうもう)な仮面をつけて指揮をとり、兵士を鼓舞し勝利を次々手にしたことを祝して作られた曲。右手に桴(ばち)を振り上げている。右が「還城楽」、唐の玄宗が韋皇后を成敗して夜半に城に帰還する姿、あるいは蛇を好んで食べる胡国(中国北方の野蛮な国)の人が蛇を見つけて喜んだ姿を舞にしたものと伝えられる。左手にヘビを持っているのが特徴。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp)

非日常の煌びやかさ

舞台上で物々しい面や豪勢な衣装を纏って舞を舞う演者たち。舞台後方には、こちらも煌びやかな装束を纏った演奏者たちと、彼らが奏でる見慣れない楽器の数々から流れる非日常の旋律。

雅楽がみせてくれる光景は、強烈な視覚的・聴覚的インパクトを私たちに与えてくれる。

「ががく」とは聞きなれない言葉かもしれないが、その歴史は古く、飛鳥時代から平安時代にかけて日本で育まれた芸能として今日に至っている。

今でこそ日本の「古典芸能」のひとつとして認知されている雅楽であるが、そのルーツは朝鮮半島や中国大陸、さらにその先の西域諸国の楽曲や舞である。当時の中国「唐」の都に伝わり、それが日本に伝来してきた。外国の文化として入ってきたものを、日本の文化の中に織り交ぜられたものが、今日私たちが目にしている雅楽である。

そんな歴史深き雅楽には、大きく分けて「管弦」と「舞楽」がある。「管弦」はいわば演奏、「舞楽」はその演奏に乗って舞われる舞踊のことを指す。

今回はこの「舞楽」について取り上げる。

「喜春楽(きしゅんらく)」。平舞。四人舞。ゆったりとした延八拍子(8小節ごとに太鼓が打たれる拍子)の曲。
国立劇場第五十回雅楽公演より

「舞」には4つの種類がある

雅楽の舞台に触れる時、まず目を見張るのが、その舞台。

基本、雅楽が披露されるのは「舞楽台」と呼ばれる、正方形の舞台。高さ三尺(約90cm)の舞台の周りは朱色の「高欄」と呼ばれる装飾がなされた手すりで囲まれ、舞台の地布は大地を表す緑色となる。「舞楽台」の周囲は白洲が敷き詰められ、これは海を表している。つまり雅楽の舞台空間は世界、地球を表していると言っても過言ではない。

この舞台の上で装束を纏った舞人たちによる舞が行われるが、舞楽は絢爛豪華な装束に加えて、舞の種類も多彩である。

舞楽には主に「平舞(ひらまい)」、「武舞(ぶのまい)」、「走舞(はしりまい)」、「童舞(わらわまい)」の4つの舞がある。「文舞(ぶんのまい)」とも呼ばれる「平舞」は、複数の舞人によって対称的な動きを向きを変えながら繰り返す穏やかなバランスの舞。「武舞」はその字のごとく、太刀を携え、楯や鉾(ほこ)など武具を持って、戦いの陣をかたどった勇壮で迫力あるパワーの舞。「走舞」は舞人が活発に舞台を動き回るスピードの舞、装束にも動きやすさの工夫がされている。そして「童舞」は子供の舞人による舞である。

左「陵王裲襠 雲に龍丸模様(りょうおうのりょうとう・くもにりゅうのまるもよう)」。舞楽「陵王」の衣装。右「納曾利裲襠 萌葱地桐唐草に鳳凰丸模様(なそりのりょうとう・もえぎじきりからくさにほうおうのまるもよう)」。舞楽「納曾利」の衣装。左右の装束が色分けられている要因として、舞楽に備わっている陰陽思想との関連(左を陽、右を陰)を指摘する識者もいる(遠藤徹「舞楽概説」国立劇場第57回雅楽公演プログラムより)。
出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp)

源流の違いにより2つに分かれる「型」

舞の多彩さもさることながら、舞楽には「左舞」と「右舞」という舞における「型」ともいえるものが存在している。中国系の楽舞(音楽と舞の総称)を源流とする左方の舞「左舞」、朝鮮半島系の楽舞を源流とするものを右方の舞「右舞」と呼んでいる。

この左右の違いは、舞人の装束にも違いが出る。「左舞」が赤色系統の装束を基調としている一方、「右舞」は青色系統の装束が基調になっている。この色分けには定まった理由はなく、また必ずしもこの色分けが決まっているわけではなく、例外もある。

また舞台への登場に関しても、「左舞」は舞台後方左側から、「右舞」は舞台後方右側から、というように異なっている。さらに足使いも、「左舞」は踏み出す足が必ず左足、右舞は必ず右足から、と決められている。

左右対称を厳粛に決められていることで、様々な舞を見るうえで、「左」か「右」かという決まりを理解していれば、その特色を楽しむことができる。

4種の「舞」に左右の「型」、多様な要素が織り交ぜられながら、舞の一曲一曲が強い個性を見せる舞楽、初めて見ることがあっても、決して退屈させない面白さを備えているのである。

「納曽利(なそり)」。走舞。二人舞。二匹の龍が楽しげに遊び戯れる様子を表し、両者が息を合わせて舞うところが見どころ。
国立劇場第七十回雅楽公演より

「式楽」としての使命を持ち続けて

現在、雅楽は国の重要無形文化財に指定されているが、これを保持する機関が、皇室の儀式において演奏・演舞を専門としている「宮内庁 式部職楽部」である。
雅楽は平安時代の宮廷の行事の際に披露されて以来、「式楽」つまり儀式用に用いられる芸能としての地位を確立しているのだ。
通常、皇室儀礼の場などでの演奏が多い雅楽ではあるが、年に二度ほど楽部主催で一般の人々にも公開されていることは意外と知られていない。この新緑の季節にも、国立劇場で実に四年ぶりに「式部職楽部」による「舞楽公演」(https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_l/2022/4512.html)が開催され、「平舞」と「走舞」を見ることができる。

悠久の時の流れを今に伝える芸能に触れる貴重な機会。ぜひ機会があれば雅楽の醸し出す独特の世界に触れてほしい。

※参考:日本芸術文化振興会「文化デジタルライブラリー」(https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc22/index.html

文/ムトウ・タロー
文化芸術コラムニスト、東京藝術大学大学院で日本美学を専攻。これまで『ミセス』(文化出版局)で古典芸能コラムを連載、数多くの古典芸能関係者にインタビューを行う。

 

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