ようこそ、“好芸家”の世界へ。

「古典芸能は格式が高くてむずかしそう……」そんな思いを持った方が多いのではないだろうか。それは古典芸能そのものが持つ独特の魅力が、みなさんに伝わりきっていないからである。この連載は、明日誰かに思わず話したくなるような、古典芸能の力・技・術(すべ)などの「魅力」や「見かた」にみなさんをめぐり合わせる、そんな使命をもって綴っていこうと思う。

さあ、あなたも好事家ならぬ“好芸家”の世界への一歩を踏み出そう。

第5回目は民俗芸能の世界。全国津々浦々、その土地の神様を祀るために生まれた「神楽」の世界をご紹介しよう。

文/ムトウ・タロー

歌川広重画《御宮元暁神楽之図》現在の芝大神宮で催された神楽の図。
所蔵:東京都立中央図書館

人気マンガにも神楽が登場していた

令和の世の中を席巻し、アニメ化もされた大ヒット漫画『鬼滅の刃』。この作品の中に、主人公・竈門炭治郎の家が代々受け継ぐ厄払いの舞、「ヒノカミ神楽」が登場する。

『鬼滅』の読者がどれくらいこの「神楽」というフレーズに反応したかは定かではないが、神楽を知っているか否かに関わらず、より多くの人々にその存在が認知されたのは、個人的にはとても大きなことだと思う。

あらためて、神楽とは何か。一言でいえば「神前に奏される歌舞」、つまり神に舞を奉納する神事である。その起源は『古事記』や『日本書紀』などに記されている「岩戸隠れの段」である。天岩戸(あまのいわと)に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ)を促すために、天鈿女命(あめのうずめのみこと)が天岩戸の前で神懸り(かみがかり)をして舞を舞ったものがはじまりであるらしい。

宮崎県高千穂の天岩戸神社。天照大神が隠れていた天岩戸(洞窟)を御神体として祀っているこの場所が、神楽発祥の地とされている。
写真提供:高千穂町観光協会

神楽は宮中祭祀と民俗芸能に分かれる

神楽は大きく分けて、宮中で行われる「御神楽(みかぐら)」(「内侍所御神楽(ないしどころのみかぐら)」ともいう)と、民間に行われる「里神楽」の二つに分けられる。

「御神楽」は現在、毎年12月に宮中の賢所(かしこどころ:現在の皇居における宮中三殿の一つ。天皇陛下が居住する宮中内で、三種の神器のひとつである八咫鏡(やたのかがみ)を祀る場所)で、宮内庁 式部職楽部によって行われている。また、皇位継承に際して行う宮中祭祀である「大嘗祭(だいじょうさい)」においても「御神楽」は行われ、令和の「大嘗祭」でも行われた。

一方の「里神楽」は、現在全国各地に存在している「○○神楽」などと称し民俗芸能として認知されているものである。地域のお祭りなどで、派手な装いで歌舞を舞っている光景などを見たことがある人も少なくはないだろう。それがその土地の神楽である。

「里神楽」にはいくつかの形態が存在する。巫女たちが優雅に歌舞を舞う「巫女神楽」、杖や弓のほか剣や鉾を持って舞う「採物神楽」、神前の大釜に湯を沸かし巫女が笹を振りつつ湯を周りに振りかける清め祓いの行事である「湯立」と結びついた「湯立神楽」、獅子頭を神体として祈祷やお払いを行う獅子舞の一種である「獅子神楽」など様々な種類がある。

国の重要無形文化財であり、地域の観光資源にもなっている宮崎県高千穂町の「高千穂の夜神楽」。代表的な4つの舞のひとつ、手力雄(たぢからお)の舞。天照大神(あまてらすおおみかみ)を見つけ出す舞。
写真提供:高千穂町観光協会
「高千穂の夜神楽」の代表的な4つの舞のひとつ、鈿女(うずめ:「お多福顔」の意)の舞。天岩戸より天照大神を誘い出す舞。
写真提供:高千穂町観光協会

観光の目玉となりつつある「里神楽」

個々の地域に伝わってきた多くの「里神楽」、長い時間で紡がれてきた文化はその一方で、他の民俗芸能同様に、近年、後継者不足という課題にも直面している。受け継ぐものがいなくなれば、文化は廃れ、その生命は死に絶える。何とかして消滅の危機を回避しようと、携わっている人々は日々思案を重ね、新しい可能性を見出す動きも出てきている。

例えば、宮崎県高千穂町に伝わる「高千穂の夜神楽」、そして島根県の石見(いわみ)地方に伝わる「石見神楽」が挙げられる。全国的にも名前が知られているこれらの神楽は、地域の誇り、そして象徴としての「観光資源」の役割を持ち始めているのだ。

島根県浜田市を中心にした石見地方に伝わる「石見神楽」の代表的な演目、「大蛇(おろち)」。昭和45年の大阪万博で披露されて以来海外公演も行われるほどの、日本を代表する里神楽のひとつ。
画像提供:一般社団法人浜田市観光協会
石見神楽の演目、「鍾馗(しょうき)」。病魔を司る疫神(鬼)を鍾馗が退治する物語。石見神楽にはこの作品のように神話に沿った物語の中で神や鬼が舞う「能舞」の他に、神へ祈りを捧げる舞いである「儀式舞」がある。
画像提供:一般社団法人浜田市観光協会

「資源」としての民俗芸能を確立していくことで、地域の活性化、とりわけ若い世代がこの資源を活用する担い手となり、地域にとどまり継承する作業に携わる。「里神楽」にはそうした、人材の枯渇の懸念を払拭できる可能性まで秘めているのだ。

もちろん、今ある課題がすぐに解決するわけではない。そして長く神事として認識されてきた神楽を資源として扱うことに否定的な声も少なからずある。それでもなお、様々な動きが生まれているのは、何よりも地域に伝わる神楽に対する人々の思い入れの強さに他ならない。

人々の力で神楽は生き続ける

神楽を含めた民俗芸能をより広く、より多くの人に伝える目的で始まった国立劇場の「民俗芸能公演」も50年以上の歴史を刻んできた。全国各地の神楽も数多くこの舞台で披露されている。6月には愛知県の奥三河地方に長く伝わる神楽「花祭」が、そして7月には石見神楽の勇壮な舞が国立劇場の舞台に立つ。

愛知県奥三河地方に伝わる神楽「花祭」のひとつ「山見鬼」。鉞(まさかり)を振りかざした鬼が釜を割る所作をする勇壮な舞。「生まれ清まり」の意味を持っている。
写真:大村光弘・杉浦清孝
「花祭」のひとつ「火の禰宜(ねぎ)」。問答や道化的な所作を見せている。五穀豊穣の祈りが込められている。
写真:大村光弘・杉浦清孝
「花祭」のひとつ「湯ばやしの舞」。煮えたぎった釜の湯を舞手が四方に撒き散らしながら舞う。湯にかかることでお清めがされると考えられている。
写真:大村光弘・杉浦清孝

変わりゆく時代の中でも、神楽はその時々の人々の尽力で、その息吹を伝承し続けてきた。神楽という芸能が、様々な弊害を乗り越えてきた存在であるからこそ、私たちは今なおそれを見ることができる。

より多くの人に各地域の伝統を見る・感じてもらう機会があることで、神楽の未来は常に光り輝き、これからも伝統を積み重ねていくだろう。

※参考:「秘められた神の舞、今や地域の目玉に」國學院大學メディア(https://www.kokugakuin.ac.jp/article/11278

令和4年6月民俗芸能公演「花祭-奥三河の霜月神楽-」(https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_s/2022/4616.html?lan=j

文/ムトウ・タロー
文化芸術コラムニスト、東京藝術大学大学院で日本美学を専攻。これまで『ミセス』(文化出版局)で古典芸能コラムを連載、数多くの古典芸能関係者にインタビューを行う。

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