ライターI(以下I):『青天を衝け』も総集編放映の時期になりました。地上波の放送が箱根駅伝の裏という設定ですが……。
編集者A(以下A):渋沢栄一(演・吉沢亮)の誕生は天保11年(1840)。後に幕末の志士として、明治政府の高官として活躍した人材は天保生まれが多いです。天保4年に木戸孝允、6年に井上馨(小松帯刀、坂本龍馬も)、8年に板垣退助、9年に大隈重信、山県有朋(中岡慎太郎も)、10年に高杉晋作、12年に伊藤博文などです。栄一と同年生まれは長州藩の久坂玄瑞もいます。ちなみに西郷隆盛と大久保利通は栄一らとはほぼひと回り上の文政年間の生まれです。
I:ペリーの黒船来航で日本が大騒ぎになったのは嘉永6年(1853)。天保生まれの多くが感受性豊かなティーンエイジャーでした。
A:天保生まれの人々が、幕末の動乱の中でそれぞれの場所で問題意識を醸成していったのでしょうね。
I:オランダなど特定の国との交易のみで、半ば国を閉ざしていた極東の島国が、政権交代を成し遂げ、世界の一等国へ昇りつめていく。『青天を衝け』がその過程をどのように描いたのか振り返る。駆け足になりますが、総集編ならではの楽しみ方がありますね。
A:このドラマの特筆すべきところは、従来の「明治維新観」に風穴をあけたところです。そうしたところも改めて味わってみたいですね。実は先走って、NHKオンデマンドで第一回から少し見直してしまっています(笑)。
I:・・・・・・・。それでは、「青天を衝け 満喫リポート」なりの総集編の見どころを概観していきたいと思います。
地方農民層の教育水準が高かった
I:私にとって強く印象に残ったのは、渋沢家の教育水準の高さです。渋沢家の住む血洗島村は岡部藩という石高わずか2万石の小藩の領地ですが、小藩の豪農層の意識の高さに感じ入りました。
A:俗に300藩(実際はもっと少ない)といいますが、それぞれの地域に程度の差こそあれ教育熱心な層がいたと思われます。藩校や寺子屋、私塾など地域に根差した教育も発展していました。全国にそうした素地があってこそ「ニッポン・明治の飛躍」がありました。
I:栄一の母ゑい(演・和久井映見)が発した〈みんながうれしいのが一番〉という言葉は最終回にも登場しました。
A:栄一は劇中で、母のこの言葉をリアルに実践したという印象です。みんなが喜ぶために経済を発展させる。そのためには強くならなければならない。明治の「富国強兵 殖産興業」のスローガンにもつながるのですが、栄一はより経済に軸をおきました。
I:貧しい人々のための施設「養育院」とのかかわりもそうした側面からみればよくわかりますよね。
尊王攘夷と「徳川近代」、明治政府を支えた旧幕臣
A:ペリー来航から始まった動乱の中で、栄一らも尊王攘夷思想にかぶれていきます。やがて長州藩などを中心にした志士らが、尊王攘夷を掲げて要人暗殺、焼き討ちなどを繰り返します。栄一と同年生まれの久坂玄瑞など急進的な志士は若くして命をおとします。真面目でまっすぐな人ほど先頭に立って先に死んでいくんですよね。
I:その一方で、尊王攘夷を政局とした人々もいます。尊王攘夷にかぶれた栄一が命を永らえたのは幸運でした。
A:後に栄一と協力関係を築いた伊藤博文(演・山崎育三郎)も暗殺にかかわったり、英国公使館焼き打ちを実行したりしましたからね。
I:明治維新という政権交代ですべて免罪となりましたが、それは当時でも重大な犯罪行為ですからね。
A:そうした中で、近代化へ向けた動きも描かれました。小栗上野介(演・武田真治)の「一本のネジ」の登場は象徴的でした。万延元年幕府遣米使節として渡米した小栗がアメリカから持ち帰ったネジです。
I:群馬県高崎市の東善寺蔵のものですね。築地ホテルという近代ホテルを江戸に建設し、横須賀には製鉄、造船の拠点を築き始めた小栗の功績に光を当ててくれました。
A:主要キャストとして登場した大隈重信(演・大倉孝二)の妻綾子(演・朝倉あき)は小栗の親戚ということもあり、「明治政府の政策は小栗の模倣でしかない」と喝破していたと言います。でも、処刑される小栗が最後に舌にネジをのせている演出はやりすぎ感がありましたが(笑)。
I:「徳川近代」を語る際に忘れてはいけないのが、伊豆韮山代官の江川英龍の存在ですね。世界遺産となった反射炉や「江川亭」は必見の場所だと思います。奇しくも2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の最初の舞台も同じ韮山です(静岡県伊豆の国市)。
A:韮山には伊豆長岡温泉もあり、北条義時、源頼朝、政子ゆかりの地だけでなく、幕末の史跡もありますから旅にはうってつけです。
I:さて、『青天を衝け』では明治になっても、政府を支えたのは旧幕臣だったということがきちんと描かれました。作家の原田伊織さんが『消された「徳川近代」 明治日本の欺瞞』という本を著したのは2019年。徳川幕府の近代化政策は当然ながら他藩を圧倒していました。
A:同書にはアメリカまで咸臨丸を実質的に操船したブルック大尉のご子孫も登場しています。今も大切に保管している当時の写真も載っていましたね。
政争続きだった明治政府と今、問われる「明治」の功罪
I:この時代を概観すると明治政府が政争続きだったことが顕著になります。西郷隆盛らが下野した明治6年の政変、不平士族たちの反乱、西南戦争、大久保利通暗殺、明治14年にも政変がありました。
A:失脚した井上馨(演・福士誠治)や大隈重信がいつの間にやら復権していたり、ゴタゴタ続き。そんな政府を下支えしたのは旧幕臣という構図でした。そんな小難しい歴史をわかりやすく描いた脚本に、改めて敬意を表したいと思います。
I:その激動の日々を栄一はなんとか生き残りました。劇中、伊藤博文、井上馨とは入魂だった様子も描かれましたが、栄一の人生は、権力中枢との関係も無視できないのだと思います。
A:特に伊藤博文とは肝胆相照らす仲だったようですね。夜の遊び方も含めて(笑)。
I:このドラマでは、単に栄一の「偉人伝」では終わらずに、嫡男篤二の廃嫡など、渋沢家のファミリーストーリーにも尺がとられました。
A:当欄では「聖人君子はいないってことです」と幾度か取り上げましたが、そうした人間ドラマもきちんとバランスよく描かれていたことを総集編で再確認してみたいですね。
I:ドラマは栄一の亡くなった昭和6年まで続きました。この年、満州事変が勃発します。栄一の亡くなる2か月前の出来事ですが、その14年後、日本の多くの都市が灰燼となり、敗戦を迎えます。
A:明治とはなんだったのか――。その功罪は? 栄一が主人公となったドラマをきっかけに今一度振り返ってみたいですね。
勝手に次の「明治大河」を予想する
I:『青天を衝け』は、明治時代を舞台にした大河ドラマは難しいというこれまでの評価を跳ね返しました。
A:脚本次第では、「明治の大河」も票田になるということがわかりました。ということで、勝手に次の「明治大河」について語りたいと思います。
I:これまで『獅子の時代』『春の波濤』『八重の桜』『花燃ゆ』などがありますが、『青天を衝け』は明治を突き抜けて大正、昭和まで描かれました。
A:個人的には「憲政の神様」と称される尾崎行雄などどうかと思いました。安政5年(1858)生まれ。明治23年の第一回衆院選挙で当選以来、連続25回当選。若いころに明治14年の政変で下野し、大隈重信の立憲改進党に参加、渋沢栄一とも面識があります。
I:父親が戊辰戦争に参陣しているんですよね。でも1年間話が持ちますかね。なぜ「憲政の神様」と称されるのか興味はありますが・・・・・。
A:「1年間持ちますかね?」というのは渋沢栄一の時も同じように思った人は多かったと思います(笑)。尾崎の視点で明治、大正、昭和を概観したら意外と面白いかもしれません。二番目の妻の英子セオドラの存在もキャッチーですし・・・・・。ただ、もっとほかにも候補がいるかもしれないですが。
I:スペシャル大河で『坂の上の雲』はやっていますし、1年間話が持つ題材は限られて来ますからね。そういう議論もどんどん盛り上がるといいですね。
●大河ドラマ『青天を衝け』詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/
●編集者A:月刊『サライ』元編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を足掛け8年担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり