郵便制度が生まれた瞬間が描かれた。

明治新政府に出仕した渋沢栄一(演・吉沢亮)。相次いで同僚としてやってくる旧幕臣たち。 第29話で描かれた新政府の姿は、その実態が幕府行政「徳川近代」の延長線上にあったことをあらわにしてくれた。

* * *

ライターI(以下I):第29話で印象に残ったのは、郵便制度発足の描写です。スタートは明治4年。幕府が瓦解してから3年ほどです。杉浦譲(演・志尊淳)が自分の弟に出した郵便への返事が届く様子が描かれました。明治の新しい世を切り拓いていこうという躍動感が伝わってきて、わくわくしました。今の時代にもこうした躍動感、わくわく感が必要なのでは、と強く感じました。

編集者A(以下A):確かに改正掛が皆で激論する風景は、ジーンときました。「租税」「貨幣」「丈量」「駅逓」「戸籍」など、整備していかねばならない案件が次々と列挙されていく。それを旧幕臣、長州、佐賀藩出身など出自がバラバラな人たちが闊達に議論する。旧幕出身者は、洋行経験者の渋沢、杉浦や咸臨丸で太平洋をわたった肥田浜五郎(演・松尾淳一郎)、出羽国の農民出身の佐藤政養(まさやす/演・鳥谷宏之)など俊英揃いの陣容でしたから、実際に主導権を握れたのではないでしょうか。

I:これも逸材だった韮山代官の江川太郎左衛門のもとにいた肥田浜五郎、優秀だったため庄内藩から選ばれて江戸に出た佐藤政養など、幕府が出自にとらわれず、優秀な人材を登用していたことがよくわかります。台詞の中で小野友五郎の存在も語られましたが、まさに「徳川近代」の存在がクローズアップされた回になりました。

A:「徳川近代」というのは作家の原田伊織さんが提唱された概念で、明治になってから近代化が始まったわけではなく、徳川時代からすでに近代化がスタートしていたというものです。詳細は『消された「徳川近代」明治日本の欺瞞』(小学館刊)に詳しいですが、『青天を衝け』の中で、旧幕臣目線で時代を描く演出は新鮮でした。大河ドラマの新境地を見た思いです。今も1円切手の顔として知られる前島密(演・三浦誠己)も旧幕臣だったわけですが、郵便をめぐる演出は面白かったです。

I:先ほどの「租税」「貨幣」「丈量」「駅逓」「戸籍」もそうですし、〈宿場の「郵」に便りの「便」で郵便〉など、『歴史秘話ヒストリア』みたいな感じで勉強になりました。ああいう説明ばっちりの展開もたまにはいいかも、と思って見ていました。あの熱気の中で全国に郵便ネットワークを築いたパワーは凄いですよね。

A:郵便取り扱い所を全国に広げていきたい。でも政府にはお金がない。そこで各地方の名主層など有力者の土地や自邸を提供してもらって郵便取り扱い所を拡大していったのが、後年の「特定郵便局」で、平成の郵政民営化の流れの中でやり玉にあげられることになりました。まさに歴史の大河は深い。

I:郵便制度が明治4年スタートで、新橋横浜間に鉄道が敷設・開業したのが明治5年(1872)。富岡製糸場の開業も明治5年です。なんともスピード感あふれる展開でした。

A:鉄道に関しては、佐賀藩精煉方が安政2年(1855)に蒸気車の雛形を作りました。佐賀市の徴古館に収蔵されていますが、とても精巧なものです。それからわずか10数年で実際に路線を作ってしまったわけです。実際には、幕末期から鉄道に関する知見は積み上げられていたんですね。品川再開発プロジェクトの工事中に、姿をあらわした「高輪築堤」は海上に造られた鉄道構造物で、この新橋横浜間の鉄道敷設の際に築かれました。そう考えると歴史遺産としての価値は高いですよね。

I:明治5年9月の鉄道開業の日には明治天皇や政府高官、外国公使らに混じって渋沢栄一も乗車していたようです。どのような思いで乗車したんでしょうね。

「お蚕さま」と殖産興業

大久保利通(演・石丸幹二)とはそりが合わなかった渋沢栄一(演・吉沢亮)。

I:生糸が幕末から明治時代に日本からの輸出で、日本の近代化を支えたという話は以前しましたが、後に富岡製糸場初代工場長になる尾高惇忠(演・田辺誠一)が、渋沢栄一に請われて新政府へ出仕する様子が描かれました。

A:栄一が「おかいこ様」と蚕を崇めて、大隈らとの認識の違いを見せつけました。日本の養蚕の歴史は『日本書紀』にも触れられているくらい古いのですが、明治4年に明治天皇の皇后(昭憲皇太后)が、宮中で養蚕を始めるにあたって相談したのが渋沢栄一です。現在も皇居内には「御養蚕所」があり、皇后陛下が「御養蚕始の儀」を執り行ない皇室の重要な行事になっています。

I:2014年に世界遺産に登録された富岡製糸場も明治、大正、昭和と時代をかけ抜け、1987年まで操業していました。明治日本の殖産興業、富国強兵政策を支えた養蚕・製糸業は現在、ずいぶん縮小してしまいましたが、改めて明治の日本を支えた業態だったということに思いを馳せたいですね。さて、維新三傑として名高い大久保利通(演・石丸幹二)が登場しました。切れ者と称される大久保ですが、『青天を衝け』の中では狭量な人物として描かれている印象です。

A:渋沢栄一が主人公のドラマの中で、敵役(かたきやく)になるのはしょうがないです。実際の大久保利通も旧幕臣のことが嫌いだったようですし。岩倉具視(演・山内圭哉)も「政府たるものが飛脚屋の商いを横取りするとは」と発していましたから、総じて新政府側の人物のサゲが目立ちます。それに違和感を覚える人もいるでしょうし、快哉を叫ぶ人もいるでしょう……。

I:そうした中で「旧幕の百姓あがり」と渋沢を蔑視していた岩国藩出身の玉野世履(よふみ/演・高木渉)が、渋沢の実力を目の当たりにして、これまでの態度を謝罪して歩み寄るシーンがありました。後に大審院院長までのぼりつめた逸材ですから、一角の人物だったといっていいのでしょうか。

A:旧幕臣の渋沢と新政府側の玉野が新国家建設のために協力体制を築き、かつては攘夷派でならした尾高惇忠が養蚕・製糸の近代化のためにオランダ商会のガイセン・ハイメルとがっちりと握手を交わす。恩讐を越えて一致団結する美しいシーンになりました。

I:確かにふたつのシーンで「団結」することが強調された感じがします。ここから欧米列強の背中を追っていこう!という熱気が感じられるのですが、その一方で、井上馨の尾去沢銅山事件や、山県有朋の山城屋事件など、新政府高官による汚職事件もほぼ同時進行で展開されていました。歴史の表裏ってやっぱりありますよね。

A:世の中に「聖人君子」は、いないってことです。

オランダ商会のガイセン・ハイメルと握手する尾高惇忠(演・田辺誠一)。

●大河ドラマ『青天を衝け』は、毎週日曜日8時~、NHK総合ほかで放送中。詳細、見逃し配信の情報はこちら→ https://www.nhk.jp/p/seiten/

●編集者A:月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の『半島をゆく』を担当。かつて数年担当した『逆説の日本史』の取材で全国各地の幕末史跡を取材。函館「碧血碑」に特別な思いを抱く。
●ライターI:ライター。月刊『サライ』等で執筆。幕末取材では、古高俊太郎を拷問したという旧前川邸の取材や、旧幕軍の最期の足跡を辿り、函館の五稜郭や江差の咸臨丸の取材も行なっている。猫が好き。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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